第35話 シスの過去

 シス達は街のすぐ前でサリアと合流し、森へと入っていった。

 ルドラが事前に話したのかサリアは腕輪を外し自空間へしまったらしく、シスは人の姿で歩いている。


「それにしても今日は静かね……この間と全然違って魔物が襲ってこないなんて」

「ああそりゃあオルトロスの兄ちゃん、シスがいるからだろうな」

「? どういう事だ?」


 ルシアの疑問にルドラが答えると、何故かシスが不思議そうな顔になった。


「え、だってオルトロスといやあAランク指定の魔物だからな。そんな強いのがうろついてりゃランクの低い魔物はビビって逃げちまうよ」

「ああ、だからシスだけワイルドウルフに会えないのか……」

「オルトロスって強い種族なのか? 俺あんま勝てた事ねえんだけど」

「この間単独でキマイラを倒していなかったか? 確かAランク指定だと言われていただろう」

「キマイラを倒せるようになったのは最近だからな。そもそも自分の種族の事知らねえから強いとか言われても分かんねえよ」


 シスの言葉に今度はルドラが不思議そうな顔になった。


「え? いやいや、オルトロスって群れで生活するから知らない事はない筈だが……あれ、そういや他のオルトロスは?」

「子供の頃に群れ追い出されてからずっと独りだよ」


 ビシッと全員の動きが止まった。

 しかしシスは気づかず歩いているので何とか身体を動かし足を動かす。

 後ろを歩いているサリアとルシアがしっかりついてきているのを確認しつつ、ルドラは気になった事を聞いた。


「その、やっぱ頭が一つ多く産まれてきたから、か?」

「いや、産まれた時は普通に二つだった。で、ある日散歩してたらいきなり頭が一つ増えて、親の所に戻ったらそのまま親と仲間から袋叩きにされて群れ追い出された」

「おおう……」

「ゼビ、養父は? この後すぐ養父に拾われたんだよな?」

「……。養父に拾われたのは大分後だ」


『ゼビウス』と言いかけウィルフは咄嗟に言葉を変えた。

 ルドラ達人間の前で『ゼビウス』の名前は避けた方がいいとシスも思ったらしく、そのまま『養父』で話を続けていく。


「子供の時に追い出されてよく生きてこられたな……あっ、もしかしてケルベロスと勘違いされたから誰にも襲われなかったとか?」

「逆だ。ケルベロスと勘違いされてフェンリルとかドラゴンとか好戦的な奴に襲われまくった。あと子供だったからグリフォンとかサーベルタイガーとか他の魔物からもしょっちゅう襲われたし、怪我すると血の匂いで更に魔物寄ってくるから休んだり寝る事もろくに出来なかったな」

「ひえっ」


 思いがけないシスの過酷な過去にルドラの口から思わず悲鳴が出た。


 そもそも魔物と言えど子供だけで生きていくには厳しい世界。

 狩りのやり方を教わる前に群れを追い出され、更には他の魔物から餌として狙われ安心出来る場所は何処にもなかった。


「兄ちゃんいったい何食って生きてきたんだ?」

「草とかキノコとか。たまに果物」

「オルトロスって確か肉食だよな。しかも毒あるかもしれねえのによく食ったな……」

「試しに食って死ぬかもしれないのと食わずに死ぬの、どっちを選ぶ」

「あ、食うわ。俺も昔遭難した時木の枝とか土食ったな、そういや」

「なあシス、今気づいたんだがお前普通に話しているけどオルトロスって人語話せないよな。もしかしてそれも……?」

「フェンリルとかドラゴンみたいに人語話せる魔物が『我とは言葉を交わす気もないという事か』って激昂して襲いかかってくるから必死で覚えた」

「……」


 恐らくその必死も、言葉以上に命がけで覚えたのであろうことが聞かずとも分かってしまい、ウィルフとルドラは何も言わずひたすら足を動かし続けた。

 苦労しかないシスの過去話に空気は重いが上手く切り替える事も出来ず、先へ先へと進んでいく。


「言葉を覚えてからは何とか説得出来るようになったが、襲われなくなったわけじゃないんだよなあ……」

「……何かあったのか?」


 シスが遠い目になったのに気づいたウィルフが尋ねた。


「……。いきなりドラゴンに捕まえられて、山の頂上にある巣に放り落とされて、そこにいたドラゴンの子供達に食われかけた。巣に落とされた時点で半殺し状態だったんだが、そこから喉とか急所以外の場所をあちこち齧られてじわじわ追い詰められて……普通に襲われて攻撃されるより怖かった。狩りの仕方を知らなかったみたいである意味助かったんだが、あの時ばかりはいっそ一思いに殺してくれと思ったな」


 今度は悲鳴すらも出なかった。

 恐らくシスはドラゴンの子供達の狩りの練習相手にされたのだろうが、その場合生き延びる事はまず不可能である。


「シス……お前よく生き延びれたな……」

「まあ……なんだ、やっぱり死ぬのは嫌だと必死に抵抗して逃げてる途中に色々あって、今の養父に拾われたというか保護されたというか……本当、色々あったんだ……」

「うん、うんうん……! 良かったなあ、養父さんに会えて! それに兄ちゃんが死ななくて良かった……! 本当良かった……!」


 気づけばルドラが大量の涙を流しながらシスを思い切り抱きしめた。


 シスは『色々』で誤魔化しているが、実はここでも一悶着起きている。

 というのも、シスはその見た目から他の魔物達からケルベロスと勘違いされ襲われ続け、殆どを戦わずに逃げてきたので『臆病者のケルベロス』として有名になってしまっていた。


 そしてこの『臆病者のケルベロス』を冥界のケルベロスと勘違いして喧嘩を売ってくる者が現れ、短気なケルベロスはすぐにキレた。


 すぐさま『臆病者のケルベロス』を探しに地上に出るとすぐに見つけ、ケルベロスは罵倒と共に強烈な一撃を食らわせた。


 この時のシスは、今話していたドラゴンの巣から命からがら逃げ出したところであり、更にいうなら初めて会えた自分と同じ姿をした者に、襲われる事はないと安心しきった所での罵倒と一撃である。


 これが原因でシスとケルベロスの仲はあまりよくない。


 しかしこの後かろうじてまだ生きていたシスをケルベロスが冥界へ連れて行き、そこでようやく自身がケルベロスではないと理解してくれただけでなく親になってくれたゼビウスと会えたのである意味ケルベロスのおかげと言えなくもないのだが……。


「まあとにかく、もしドラゴンが出たら俺は真っ先に逃げるからな」

「そうだよな、そんな目に遭ったらそりゃ逃げるよな」

「トラウマになっているんだな、まあ当然か……もしかして毒や呪術に詳しいのもそれが理由か?」

「え、ドラゴンって毒や呪いが効くのか?」

「基本は効かない。ただ目を狙えば仕留められなくても隙は出来るし逃げる時間は稼げる」

「へー、目か。そっか、倒すんじゃなくて隙を作る為ならそれもありだな」

「……倒す気なのか?」

「そりゃ冒険者だしな。やっぱ目指してえだろ、Sランク。ドラゴン討伐はSランクに上がる条件だから避けては通れねえ道だ」

「……なら俺はDランクのままでいい」


 どんよりとシスの目が濁った。

 考えるのも嫌らしい。


「ん?」


 ふと前方から気になる音が聞こえウィルフは足を止めた。

 シスとルドラも気づいたらしく、足を止め警戒している。


「何かいるの?」

「ルドラ?」

「シッ、音が聞こえねえか?」


 ルシアとサリアも異常に気づき耳をすますと、前方からシューシューと空気が漏れているような音が聞こえてきた。

 更に音はこちらへと近づいているのか段々大きくなっていく。


 気づけばシスがオルトロスの姿へと戻り、耳を前方に傾け伏せて一度吠えた。


 その声に反応してか姿を現したのは、一匹の巨大な蛇だった。

 灰色の身体をした大蛇は鎌首をもたげると生えている木と同じくらい高く、威嚇して口を開けているその中は闇夜のように黒い。


「キングマンバだ……やべえぞ。こいつはAランク指定な上に強力な毒を持っているんだ……サリアっ」


 キングマンバから視線を逸らさないようサリアに指示を送ろうとして、相手が先に動いた。

 キングマンバはウィルフやルドラを無視して真っ先にシスへ襲いかかったが、既に動きを察知していたシスはサッと避けるとそのまま右前足でキングマンバの首元を押さえ、頭に噛みつき砕いてしまった。


「え」


 しぶとい事で有名なキングマンバも流石に頭を潰されてはひとたまりもなく、尻尾をバタバタさせていたがすぐに動かなくなった。

 シスは砕いた頭をそのままバリボリと食べ始める。


「いやいやいや、シスの兄ちゃん! キングマンバは猛毒だから食ったら危ないって! しかも頭!!」

「毒は子供の頃から食いまくっていたから今更多少の毒は効かねえよ」


 そのまま食べ続けようとしたシスだが、サリアとルシアの方を見てから少し考え込むと残った胴体部分を咥えた。


「ちょっと向こうの茂みで食ってくる」


 そう言うとキングマンバをズルズルと引きずり近くの茂みへと消えた。


「……なあ、えーとウィルフさんだっけ。キングマンバって最強に分類されるぐらいの猛毒なんだけどよ、それを多少の毒で済ませていいもんなのか?」

「普通は違うが……あいつは今までどれだけの毒を食べてきたんだ……」

「キングマンバをあんなにあっさり倒すなんて……シスさんって物凄く強いんですね」

「サリア。そういや全然喋っていなかったけどバテてたのか?」

「ルシアも珍しく大人しかったな。森歩きはまだきつかったか」

「単に口を挟めなかっただけよ」

「うん……その、シスさんの過去が凄くて……」

「ああ……確かに」


 シスが戻ってくるまでの五分間、ウィルフ達は無言で待ち続けた。

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