第29話 軽くトン超え

 騒ぎもおさまり、まったりとした時間が流れる店内。

 ウィルフ達も食事を終え、会計を済まそうとテーブルを立った時だった。


 すぐ後ろでガシャンと壊れる音がすると同時にゴトリと何か大きな物の落ちる音がした。


 立ち上がっていたウィルフとシスはお互い目を合わせたまま何も言わない。


 先程まであった話し声やガヤガヤとした音が一切なくなり、店内は完全な静寂に包まれ視線はウィルフとシスの背後に集中している。


 嫌な予感にウィルフとシスはゆっくり振り返ると、そこには元の姿に戻ったトクメがそのまま床に転がっていた。


「何やってんだお前!?」


 シスの叫びに周りもようやくザワザワと動きだしたが、シスの時ほど騒ぎにならないのはトクメが動かずただの包帯を巻かれた球体にしか見えないからか。


「トクメ? どうした?」


 また何か起こす気なのかと警戒していたウィルフだが、何も言わないトクメに心配して恐る恐る近づいた。


 今まで座っていた椅子は見事に潰れ、テーブルやその上に乗っていた食器も無残な姿に変わっている。


 ふと目に入ったのは三つ全て割れてしまっているティーカップ。

 店長からのサービスでその場にいた客全員にふるわれた紅茶は香りも良く非常に美味しかったのだが、一つのティーカップだけ飲みきられておらず中身が溢れていた。


「俺もシスも全部飲んだからこれはトクメの分か……まさか薬でも入っていたか?」

「店長はそんな事しませんよっ! この紅茶は香りが良くて有名な高品質なダージリンですし、更に芳醇にしようとブランデーの中でも上質なコニャックを混ぜたこだわりの一品なんですよ。最高品質の紅茶に薬だなんて、そんな質を下げるような事はしません!」

「そ、そうか。それは悪い事を言ったな、すまない」


 店員の勢いに思わずウィルフは謝罪した。

 それでもトクメは全く動かず、よく見てみれば寝息を立てて完全に眠っている。


「……もしかして酒、か?」

「ブランデーと言っていたしな、でもこんな少量で潰れるってどれだけ弱いんだ……」


 ウィルフが軽く触れると、普段しっかり巻かれている包帯が緩んでいるのに気づいた。

 どうやら落ちた衝撃で緩んだらしく、直そうとしても逆にどんどん解けていってしまう。


「うわ、何だコレ……」

「打撲、火傷跡か?」


 解けた場所から現れたのは、赤黒く変色した奇妙な傷跡だった。

 傷跡は広範囲に及び、変色した部分は軽くヘコんでおり触ると固い。


「傷を隠す為に巻いていたのか……悪い事をしたな」

「……ゼビウスの足にある傷跡と似ているな……偶然か?」

「シス? 」

「っ、何でもない。それよりどうする、このまま放って帰るか?」

「そんな事できるわけないだろう。ほらトクメ、起きろ。帰るぞ」


 とりあえず包帯は簡単に留め、ペシペシとウィルフが軽く叩くとトクメはゆっくり転がりだした。シスのいる方向へ。


「え? おい、ちょっ、重てえ!!」

「ぐっ……何だこの重さ、支えられないっ……!」


 咄嗟に支えたが異常な重さにズリズリと後ろへ押されてしまい、慌ててウィルフも加勢したがそれでも下がっていく。


 シス達の背後にはカウンターがあり更にその後ろにある棚には高そうな酒が並べられ、既にテーブルや椅子などを壊している身としてはこれ以上の被害は出したくないと必死で押し返す。


「床に穴開けりゃ何とかなるか!?」

「大量の酒よりマシか……仕方ない」

「それは無理ですよ」


 いきなり会話に入ってきたのは五十代程の白髪が目立つ黒髪の男性だった。

 少し気弱そうに見えるが、服装からして店長らしい。


「無理とは、どういう事だっ」

「この店はどんな災害や魔物が来ても壊れないという私の夢を実現させた店でして、建造にミスリルを使用しているのでたとえドラゴンでも穴を開ける事はできません」

「……ならっ、このまま離してもカウンターで止まるな!?」

「あ、床の時点で予算が尽きてしまい他は至って普通の木材なので壊れます」

「このポンコツジジイが!」


 怒ったせいでシスの力が抜けたのか更に下がる速度が早まりカウンターまであと数歩になった時、呆然と成り行きを見ている客達の存在に気づきウィルフは声をかけた。


「っ、なあ、ちょっと助けてくれないか!? 俺達だけでは支えきれないんだ……!」

「ハッ。あ、俺のキープボトル!!」


 ウィルフに声をかけられ我に返ったのか数人が慌てて助けに入ってきたおかげで少し楽になったが、まだ動きは止まらない。


「って本当に重たい!! おい、あんたら冒険者達も手伝ってくれよ! 力あるんだろ!?」

「え、ああ……その、触って大丈夫なのか?」

「いきなり襲ってきたりしないだろうな……」


 一般人よりも冒険者達の方が怯えているが、周りにせっつかれ渋々といった感じで入ってきてようやくトクメの動きが止まった。


「お、重てえ……何でこんな重いんだ……?」


 止まりはしたが、十人近くでようやくギリギリといった感じで長くはもちそうにない。


「こいつを半分に切れば重さも半分になったりしないか?」

「こらシス、一応仲間なんだからそういう事を言うな。とりあえず起こそう。それが一番平和な解決策だ」


 しかし周りの者がどんなに叫び、バシバシと叩いてもトクメが起きる様子はない。


「な、なあ、俺達いつまで耐えればいいんだ?」

「殺すのはダメなんだろ。でもこの重さをずっと支えんのは無理だぞ……」


支えている冒険者達は限界を迎えたのか腕は震え、徐々に重さが増してきた。


「重いのがなんだあ!! いいかお前ら! 俺達が諦めたその時、後ろのキープボトルは粉微塵になると思え! たとえこの腕が使いものにならなくなってもここの酒だけは死守するぞ!」

「「おう!!」」


 弱気な冒険者達に対し、一般人の方は常連客らしき一人の呼びかけに揃って大声で返事をすると気合いが入ったのか先程よりも強い力で押し返し始めた。


 その後トクメが目覚めるまでの二時間、常連客はひたすら声を上げ続け見事耐えきった。


「……もしかして冒険者より普通の人間の方が強いんじゃないか?」

「どうだろうな、人間は追い込まれると凄まじい力を発揮するというから今回もそれじゃないか?」

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