第30話 残された側の朝
「ウィルフ達、一体何処に行ったのかしら」
街を歩きながらイリスは頰に手を当てため息をついた。
今朝起きた時からウィルフだけでなくトクメとシス、男性全員が部屋からいなくなっておりイリスは心配して探しに来たのだが一向に見つからない。
「冒険者ギルドにはいませんでしたが狩りにでも行ったのでしょうか」
「それならいいのだけど……」
チラリと隣を見るとムメイは不機嫌な様子で親指の爪をかじっていた。
「ムメイ、爪をかじっちゃダメよ」
「ん? ああ、癖になっているみたい」
無意識だったらしくすぐに止めたが、何かしていないと落ち着かないのかソワソワしている。
「何か食べる? あそこで揚げバターが売っているわよ」
「んー、ここの揚げバター衣甘いから遠慮しておく」
「甘いの? なら食べてみたいですお姉様!」
『甘い』と聞いてルシアが目を輝かせたが、イリスは黙って首を振った。
「甘いのを求めているなら揚げバターはダメよ。普通にドーナツとかチュロスの方がいいわ」
「ファンネルケーキは? あれも結構甘いじゃない」
「ファンネル? 何それ」
「生地を漏斗に入れて……丁度向こうで作っているから見てきたら?」
「お姉様! ちょっと見てきます!」
初めて聞いた名前に興味津々なのかルシアは返事も聞かず店へと駆け出して行ってしまった。
「……グラブジャムン勧めた方が良かったかな」
「それとてつもなく甘いものでしょう、流石にルシアも無理だと思うわ。怒られるわよ」
「甘いから怒られる謂れはないと思うんだけど」
「もう、またそんな事言って……。……心配しなくても、ウィルフも一緒に行動しているのだからちゃんと全員帰ってくるわ」
「……イリスはいいわね、そうやって信じられて……」
「ムメイ?」
「ちょっと他の場所行ってくる。夜までには帰ってくるから」
「……気をつけてね」
「そっちこそ」
軽く手を振りながらムメイが裏通りへ姿を消すと同時にルシアが帰ってきた。
その手には粉砂糖のたっぷりかかったファンネルケーキが二つ持たれている。
「あれ、ムメイは何処かへ行ったのですか?」
「少しね。今はそっとしておきましょう」
ルシアから渡されたファンネルケーキを一口食べてから、イリスはムメイの向かった方へ顔を向けた。
既に通りへ入ったらしくムメイの姿は見えない。
「全く、何て勝手な奴なんでしょう」
「そう言わないで。不安で仕方ないのよ、置いていかれたんじゃないかって」
「何故そんな心配を? まだ旅の途中ですよね」
「トクメが原因よ」
普段からトクメはムメイを放置しておりたまに姿を見せても大体数分、長くても十分程でまた何処かへと行ってしまい、酷い時には話している途中で消えたりしている。
当然行き先も告げず、次はいつ来るかも言わずに。
そんな事を繰り返しているのでたとえ旅行といえど、いつまた途中で放り出されるかムメイは気が気でない。
「多分父親としての記憶があるからトクメの行動が余計に不安なんでしょうね」
「記憶、ですか?」
ルシアが心底不思議そうな顔になった。
精霊は基本、属性や司る感情から生まれる為父や母といった血縁関係などは一切ない。
稀に他種族との間に子供をもうける事があるが、ムメイは純粋な精霊であり親の記憶などある筈がない。
「ムメイは生まれが少し特別なの」
そもそもイリス達のような精霊は多くの感情が一つに集まる事で生まれる。
その数が多ければ多いほど、想いが強ければ強いほど精霊の力も強くなる。
しかしムメイは違った。
「ムメイはね、たった一人の感情から生まれたの」
「え? でもそれだとかなり弱い存在、そもそも生まれないのでは?」
「ええ。だけどその人間は誰よりも強く自由を願い、望んだの。何百、何千の想いを圧倒的に上回る程強く」
その結果、ムメイは生まれた瞬間からその人間の記憶や感覚全てを引き継いでしまった。
自我を侵食する程の強烈な記憶と感情、痛覚にムメイは……。
「……これ以上は私が話していい事ではないわね。とにかく、ムメイはその人間の記憶があるからどうしてもその父親とトクメを重ねて比べてしまうみたいなの」
何だかんだトクメを父親として慕っている為、記憶の父親との違いに余計不信感が強くなってしまっているらしい。
「……意外と苦労しているんですね」
少し同情しながらルシアはファンネルケーキを食べ始めた。
油でサックリと揚げられた生地はそれ程甘くないが、大量にまぶされた粉砂糖と上手く合わさって丁度良い甘さになり食べやすい。
性格に問題はあるが、こうして美味しい物をちゃんと教えてくれたあたりまともな部分もあるのだとルシアはムメイの事を少し見直した。
「きちんと出来るなら、いつもそうしてちゃんとしていればいいのに」
「…………」
性格形成はトクメが関わっているのでそれは無理な話だとか、そのファンネルケーキではなく世界で一番甘いお菓子と言われているグラブジャムンを食べさせようとしていた事など、諸々の言葉をイリスは飲み込みファンネルケーキを口に運んだ。
******
人気のない路地裏でムメイは右手を手錠で繋がれていた。
「…………」
ガシャガシャと何度か揺らしてみるが、手錠は勿論繋がれている太いパイプも外れそうにない。
すぐ近くにはムメイを手錠に繋いだ男二人がニヤニヤと笑いながら眺めている。
「姉ちゃんよお、こんな場所に一人で歩いていたら危ないぜ?」
「そうそう、ここは悪い奴の溜まり場だからな。どんな目に遭わされるか分かったもんじゃないぜ」
「へえ、今こうして手錠で繋がれる以上の事をされちゃったりするの?」
男と目を合わせたままガシャン、と一際強く引っ張って見るもやはり手錠は壊れず男達の笑みは更に深まる。
「そんな怖がんなよ、大人しくしてりゃ優しくしてやるからよ」
「……。本当? 本当に優しくしてくれるの?」
「おお、そりゃあもう丁寧にしてやるぜ」
「嬉しい、優しいヒトって大好きなの。ねえ、大人しくするから優しくしてくれる?」
コテリと首を傾げて微笑みながらムメイが言えば、見るからに男は興奮した顔で近づいてきた。
「いいぜえ、たっぷり可愛がってやるよ」
「あ。ねえ、手を握ってくれない? こっちの、手錠がある方。優しいヒトも好きだけど、暖かい肌も好きなの。ギュッと強く握ってほしいの」
媚びるように言われ男は上機嫌で言われた通りに手を握り、身体も擦るようにピッタリとくっつけてくる。
「暖かいのが好きってなら、もっと暖かい事してやるよ」
「ふふっ……ありがとう」
男がムメイの顎を掴み軽く上げた瞬間、ムメイの口元がニヤリと歪みそれと同時にガシャンと金属の音が響いた。
「え?」
男が困惑しているとムメイはスルリと男と壁の間からすり抜ける。
手錠はいつの間にかムメイから男の手首へと移動していた。
「うふふふふ、ありがとう。こうして私の代わりに手錠に繋がれてくれて」
「てめえっ、騙しやがったな!」
「騙すだなんて失礼な。言われた通りに大人しくしていたからこうして手錠を交換しやすいように手を繋いでくれて、優しいからその手錠も構造が簡単なものを使ってくれたのでしょう」
繋がれた男は必死で手錠を揺するがやはり外れない。
そうこうしている内にムメイはさっさと表通りへと向かう。
「ふ、ふざけんな!! がぁっ!!」
残った男がムメイを捕まえようと追いかけたが、見えない壁に阻まれ思い切り頭を打ち付けそのまま尻餅を着いた。
「な、何だコレ……壁が……おい、どうなってんだよ……」
男は目の前にある見えない壁に押され繋がれた男の側まで下がると、見えなかった壁に色がゆっくりついていく。
周りの壁と全く同じ形、同じ色に。
「追いかけられると困るのよ。心配しなくとも明日の朝に壁は無くなるようにしたし、優しくしてくれたから特別に光と空気は遮断しないでおくから安心して。あ、叫んでも声は届かないから大人しくしておくのが一番よ。それじゃあね、優しい人」
顔だけ振り向き言いたい事を言うと、ムメイは背中を向けたまま手を振り今度こそ止まらず表通りへと行ってしまった。
「あ……」
何も出来ないまま残された男達は情けない顔をしたまま誰もいなくなった道を見つめ、そのまま完全に壁の中へと取り囲まれた。
******
「はーー」
表通りに戻るとムメイは深く息を吐いた。
「(やっぱり来なかった……あの程度の危機じゃ来ないのかそれとも完全に飽きたからか)」
唇の下に指を当て考えながら街を適当に歩いていく。
「(この間は来たのに……あれは呪いが関わっていたから? いや、大蜘蛛の時は来なかったから呪いじゃなくて単に時間を守らなかったから? なら……)」
そこまで考えてピタリと足を止めた。
「(いや、いやいや。違う違う……! 別に心配してほしいわけでも心配かけたいわけでもなくて! そう、場所! 今何処にいるのかを知りたいだけで、飽きてどっか行ったのならこっちも自由に動けるから知りたいだけで!)」
誰に言われたわけでもないが、頭の中で必死に言い訳を立てながらブンブンと首を振るムメイをすれ違う人達は不思議そうに見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます