第28話 親子の末路

 この日は朝からおかしかった。


 今現在ウィルフはシスとちょっとした小料理店、ビストロで朝食をとっていた。


 トクメに誘われて。


 時間はまだ朝とも言えるので朝からという言葉はおかしいかもしれないが、この短時間で既に十分すぎる程おかしい事しかなかった。


 まず朝一番にトクメに起こされ、そのまま朝食に誘われ問答無用で宿から連れ出され、そしてトクメは何故か衛兵の詰め所へ行き店が何処にあるのかを尋ね案内までさせた。


 この旅が始まってから宿こそ同じだが、それ以外は完全自由行動だったのに寝ていたのを無理矢理起こしてまで朝食に誘い、更には聞く必要がないのにわざわざ衛兵に場所を尋ねたのは何故なのか。


 極めつけは、シスがツナサンドを注文しようとした時だった。


「ここのツナには玉ねぎのみじん切りが混ぜられているから止めておけ。この者には私と同じグリルドチーズサンドを。私には目玉焼き、こちらにはベーコンを追加で。ウィルフ、お前はどうする」

「え!? あ、俺も同じものを。黒こしょう多めで」

「はーい、じゃあちょっと待っててね。すぐ持ってくるから」


 店員が去っていったのを見計らってからウィルフはトクメに話しかけた。シスは完全に警戒して固まっている。


「お前、何を企んでいる?」

「何の事だ」

「今日朝起きた時から今この時も含めて全部だ。お前が朝起こすのも、朝食に誘うのも、知らないわけでもない街の案内を衛兵に頼んだのも、普段なら全部あり得ない事だろう」

「そうでもない。今日は珍しく早く目覚めたのだがこのままもう一度寝る気にもならんかったからお前達を道連れに起こし、特に罪悪感はないのでとりあえずそのまま巻き込みながら朝食をとり時間を過ごそうと決めただけだ。あとこの街の事を調べてはいるが訪れたのは初めてだ、いくら知っているとはいえ確実に味の良い店に行くにはこの街の住民、更に衛兵ならば信用性も高い。特におかしい事もあるまい」


 そうツラツラと述べているトクメだが、それこそ何か裏がある時の証だという事をウィルフは理解しているのでトクメの言葉をそのまま鵜呑みにはしない。


「俺達に何か害を及ぼす気じゃないだろうな」

「そのつもりなら私はシスがツナサンドを注文した時に止めたりせずそのまま放っている」


 丁度その時注文したものが届き、シスは一切れ取ると匂いを嗅いで安全を確かめている。

 中々口にしようとしないのは、初めて見る食べ物だからかトクメが勧めたからか。


「このグリルドチーズサンドは俺が食って大丈夫なのか?」

「問題ない。シスが中毒症状を起こすものは一切使われていない」


 トクメがはっきりと言い切ると、シスはようやく恐る恐るといった感じで食べ始めた。

 その様子を見ながらウィルフも食べ始め、トクメの意識は完全にグリルドチーズサンドへ向けられているのか何も言わず普通に食べている。


 若干、口元が上がり嬉しそうに見えなくもない。


「それで、俺達をここに呼んだ理由は?何か意味があるんだろう」


 先程から肝心の話をかわされ続けているので何とか本題に入ろうと再びトクメに尋ねた。


「理由? 特に意味はない。本当はイリスとルシアを呼びたかったのだが、ムメイがまだ寝ていたので起こすわけにもいかずお前達で妥協しただけだ」

「さっきと言ってる事違わないか」


 思わずといった感じでシスが突っ込んでいるが、そこは問題ない。

 単にさっきの話を更に詳しくしただけであり、聞かれている事に対して答えているようで答えていないがそこはもうどうでもいい。


「何でそこでイリスが出てくる。お前には関係ないだろう」


 聞き流せない名前にウィルフは食いついた。


「いいや、関係は一応ある。イリスよりもルシアだがな」

「だから……ルシア?」


 ルシア。

 ルシアとイリスが関係あり、トクメも関わっているとなると、思い出されるのは昨日の親子。


「もしかして……」


 嫌な予感にこの場を去ろうとウィルフが立ち上がった時だった。


「いた! あの男よ!! 早くあの白い男を捕まえてちょうだい!!」


 昨日の親子が三人の衛兵を連れて店に現れた。


 ******


 母親は金切り声を上げて早く捕まえろと喚いているが、言われた衛兵は戸惑った様子で動く気配がない。


 よく見れば連れて来ている衛兵は朝にトクメが店まで案内させた衛兵で、他も詰め所にいた衛兵達だった。


「ちょっと何突っ立ってんのよ! 早く捕まえなさいってば!!」

「いやしかし……もう一度聞くが、この男が間違いなく貴女の家に染料をばら撒いたのか?」

「ええそうよ! 朝起きてちょっと目を離したすきに家に侵入して染料をばら撒いたのよ! 急いでここに来たみたいだけど、この店に入ったのをちゃんと見たんだからね!」

「……この男は三十分程前私に道を尋ね、この店まで案内したんだが」

「そ、それはっ……そう! 一旦この店から出たのよ! それでまたここに戻ってきてずっとこの店にいたように振舞っているの! こんな事するなんてもう犯人だと言ってるようなもんね!」


 衛兵に言われ一瞬言葉に詰まった母親だが、すぐに言い直すその様は誰がどう見ても嘘をついているとしか見えない。しかしこの親子、特に母親は何故か自信満々な顔をしている。


「え、でもこの人一度もお店から出ていませんよ」


 そう言ったのは先程注文を取った女性で、母親は聞いた瞬間にギッと勢いよくそちらを睨みつけた。


「勝手に話に割り込まないでよ!! 大体あんたこの店に来る客全員の顔覚えていちいち出入りを確認してるわけ!?」

「それはしていませんけど、でも、こんな綺麗な銀髪の人は来たらつい見ちゃいますし目立つから覚えちゃいますよ」


 周りのいた客の何人かも同意するように頷いたりしているが、それでも母親は怯まず怒りながら話しているうちに衛兵がトクメに近づいてきた。

 その表情は戸惑いが強く、衛兵も母親の言葉を疑っているらしい。


「その、あの女性とは知り合いなのか?」

「知り合い、でもないな。昨日いきなりあの子供に染料の入ったボールを投げつけられ服を汚されただけの関係だ。お互い名前を名乗ってもいなければ家に呼ばれたり場所を知らされた事もなく、和解せずにそのまま別れている」

「勝手な事言うなよ! 俺は服を染めてやっただけだし、服を汚したのはそっちだろ!?」

「ちょっと! うちの子供に何してんの!!」


 店員に突っかかっていた母親だが、子供の行動に気づくと今度はトクメに向かって怒りだした。

 しかしすぐに衛兵が間に入り話を止める。


「ちょっと待て。貴女は家に侵入されたと言ったがこの男は家を知らず名前も知らないと言っている。それでどうやって家を汚せるんだ。しかもその染料はこの子供の持ち物らしいじゃないか。どうやら詳しく話を聞く必要がありそうだ」

「はあ!? 何で私なのよ!! 私よりあの男よ! あいつは私達の家を汚したし、昨日なんか服まで汚したのよ! おかげで汚れも落ちないし、弁償しなさい!!」


 トクメに向かって人差し指を指した時、ペシャリと間の抜けた音が響き同時に母親と衛兵に大量の染料がかかった。


「なっ、何やってんのよ!」

「そこの子供! 何のつもりだ!」


 いきなり衛兵と母親に染料ボールを投げつけた子供は、まだ持っていたボールを投げようと構えている。


「え。ち、違っ身体が勝手に動いて……! あいつだ! あいつが魔法で何かやったんだよ!」

「いい加減にしろ! どう見てもお前の意思で投げているだろう! 何でもかんでも魔法のせいにするな! 来い!」

「ま、待って! 子供の! 子供のした事だから! 」


 流石の母親も子供が連れて行かれそうになると弱気になり衛兵に縋ったが、今までの言動もあり衛兵は母親の腕も掴み入り口へと引きずるように連れて行く。


「子供といえど罪は罪、見逃すわけにはいかん! お前達親子はこのまま逮捕する! 連れていけ!」

「はいっ」


 そのまま親子は衛兵に掴まれたまま店を出ていき、最後の衛兵は出口で一度敬礼をしてから出て行くと店は一瞬シン、と静まったがすぐにまた親子が来る前の騒がしさに戻った。


「……何だったんだ、一体……」

「昨日の親子の自滅、いや自業自得か。どちらにしろこれで平和に過ごせるというものだ」


 何が起きたのかいまいち把握しきれずシスは呆然としているが、トクメは上機嫌で再びグリルドチーズサンドをつまみだしたのをウィルフはジトッと睨む。


「お前、これが目的だったのか」

「何の事だ?」

「あの親子が来るのを分かっていて俺達、いや本来ならイリスとルシアか。とにかく巻き込ませる為に朝食に誘ったんだろう」


 朝からおかしかった理由がこれで全て納得出来た。


 朝食に誘ったのも衛兵に場所を聞いたのも、全てはアリバイと証人作りの為。シスが注文しようとしたツナサンドを止めたのも、中毒症状を起こせば親子が来た時に事態の収拾がつかなくなるから。


 そう考えれば全て辻褄があう。


「まあ大体合っているな」

「大体?」

「あの親子が来るかは知らなかったが来そうな予感はしていたので警戒していただけだ。あいにく私には未来を見る能力はないからな。あと正すとするならば、衛兵に場所を聞いたのは単にあの親子の家から一番近い詰め所だったからだ。もし来るならば必ず衛兵も使うと思ったからな。しかし、こうも予想通りに動くとは……やはり陥れるのは単純な者に限るな」

「あの親子の家の場所は知らないとか言っていなかったか?」


 さっきまでは散々かわしまくっていた内容をベラベラと話すトクメにシスも呆れてはいるが、やはり気になるのか食事を再開させながら尋ねた。


「知らないとは言っていない。あの親子とはお互い名乗ってもいなければ家も知らされていないのは事実なのでそのまま伝えたら衛兵が勝手に『知らない』と解釈しただけだ」

「……親子の家を汚したのはお前か?」

「どうだろうな。昨日私の服を汚した染料ボールを回収したはいいが、返し忘れていたので家まで届けてやっただけだ。転送魔法で。届けた後は確認していないので汚したかどうかまでは分からんな」


 事もなげに話すトクメにウィルフは額を押さえた。


 結局親子の家を汚したのはトクメであり母親の主張はあっていたとも言える。

 恐らく最後に子供がボールを投げたのもトクメが操ったのだろう、確実に。


「お前よくもまあ……」


 堂々と嘘をつけたな、と言おうとして言葉を止めた。

 トクメは事実を述べただけでありそれを向こうが勝手にそうだと解釈し、トクメも確認されなかったのでそれを正すことはしなかっただけ。


 嘘はついていない。ついていないが、何ともいえない脱力感に襲われウィルフはもう何も言わずグリルドチーズサンドを食べ始めた。


 先程の騒動から時間は経っているが、まだ暖かいチーズはウィルフを身体の中から温め少し疲れが癒された。


「昨日の事、やっぱり怒っていたんじゃないか」

「いいや。怒りはしていないが、いくら穏やかで温厚とはいえちょっかいを出されれば反撃ぐらいはする」


 本当に穏やかで温厚なら、反撃で相手を破滅するまで追い詰めたりしない。

 しかしウィルフはこの件に関してもう何も言わないと決めた。


「トクメだけは敵にまわしたくないな……」

「俺は味方にもつけたくない」


 思わずポソリと出てしまった心の言葉だが、シスには聞こえたらしくそう言ってきた。


 よく考えずともシスは既にトクメを敵にまわしてしまっている。

 それでも味方になってほしいと微塵も思わないらしいが、それは確かにその通りだとウィルフも思った。


「ああ……そうだな……」


 トクメからは見えないようテーブルの下で拳を握ると、シスも同じように拳を握りゴツリと合わせた。

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