第27話 子供と母親
それはムメイが完全に回復してからロコポートを出発し、次の街へ入った時だった。
「…………」
「うっわ」
何処からか飛んできたボールがトクメにぶつかり、その衝撃で中から黒い液体が飛び出し真っ白な服を染め上げた。
隣を歩いていたムメイにも少量かかったが、元々黒い服の為あまり目立たず特に被害はない。
「あ、あの子供!」
ルシアがボールを投げた相手を見つけらしくそちらへ向かって走り出した。
「そこの子供! 今ボールを投げたでしょう!」
「何だよ急に。あの兄ちゃんの服が真っ白でつまんねえから模様つけてやっただけじゃん」
「そんなの服を汚していい理由にならないわよ! 謝りなさい!」
怒られても全く悪いと思っていない子供にルシアの怒りは更に強まり口調は強く声も大きくなっていく。
しかし反省する様子もなく謝ろうとしない子供にトクメの元まで連れて行こうと腕を引っ張った時、子供の母親が現れ誘拐と勘違いしたのか腕を引っ張り返しルシアを思い切り睨みつけた。
「ちょっと! うちの子供に何しているのよ!」
「あなたこの子の母親!? いきなりこの子がボールを投げて服を汚したのに謝らないのよ! 子供の教育はちゃんとしなさい!」
「はあ!? 何でこっちが謝らなきゃいけないのよ! こんな大勢の人がいる前で意味もなくうちの子を怒鳴って怯えさせているあんたが謝りなさい!」
既に怒りが最高潮のルシアはその勢いのまま母親に注意するが、子供が子供なら母親も母親でとんでもない反論をしてきた。
「母ちゃん、この人怖いよー。俺、あの人の服が模様一つない真っ白だったから柄つけてやったのにいきなり怒鳴りつけてきたんだぜ」
「まあ可哀想に。せっかくの親切をこんな風に怒って跳ね返すなんて、親は一体どんな教育をしているのかしら」
「〜〜っ!!」
「待って、落ち着いて」
「お姉様っ」
ルシアが怒りで身体を震わせ怒鳴ろうとしたが、イリスに落ち着かせるように肩を軽く叩かれてルシアの怒りは瞬時に消えた。
ルシアは気づいていないみたいだったが、怒りで魔力が暴走しかけていたのをイリスが咄嗟に抑えそのままルシアを背後にやり母親と向き合う。
「あの、いきなり服を染める方が失礼ではありませんか。それにこちらは何も聞かされていませんし、」
「はあ? うちの子の話ちゃんと聞いてた? 親切で、わざわざ柄をつけてあげたって言ってるじゃない。こんな優しい子他にはいないわよ、むしろそっちがお礼を言うべきなんじゃないの」
「え?」
イリスの話を遮り、やはり反省どころかこちらに非があるような言い方にイリスは戸惑い何も言えなくなってしまった。
「大体ちょっと自分の思い通りにいかないからってすぐ怒るのってどうなのかしら。それに子供のやる事じゃない、笑って許しなさいよ。わざわざ大声で怒る方がどうかしているわ」
「ですがっ」
「そこまでだ」
流石のイリスもムッとなり言い返そうとした時、トクメが静かな声で止めに入った。
「服を汚されたのは私だと言うのに何故お前達が出しゃばっている」
「だって明らかに向こうが悪いのにこっちが悪いみたいに言うのよ。悪い事をしたなら償わせるのが当然じゃない」
「だとしてもだ。怒るのなら関係ないお前達ではなく、私がやるべき事だ」
「そうだけど……」
「ルシア」
「お姉様……」
「トクメの言うことは最もよ、ここは大人しく下がりましょう」
「はい……」
それでも何か言いたげなルシアだったが、イリスに止められ大人しく従う。
「さて」
「何よ、まだ何か文句でもあんの?」
「いや別に。私は服を汚された事を怒ってはいないし、この汚れも簡単に落ちるので特に言いたい事はない」
そう言うとトクメは手の平を差し出した。
するとポンっという軽い音と共に手の平にはあの子供が投げたボールと同じ大きさの黒い玉が現れ、それと同時に服に染み込んでいた汚れは綺麗サッパリ消えていた。
「おお、すっげー!」
「あら、じゃあ何の問題もないじゃない。全く、あんな大袈裟に怒って……」
「なあなあ、じゃあもう一回やってもいいよな! どうせ簡単に落ちんだろ」
トクメの返事も聞かず子供はもう一個持っていたボールを勢いよく投げたが、何故かボールは割れず親子に向かって跳ね返り、親子の服が見事に黒く染まった。
「なっ! ちょっとあんた!! 何て事してくれんのよ!! 服が台無しになったじゃない!!」
「私が? 何かしたように見えたか?」
「う、ぐっ……」
ただ立っていただけで何かしたようには見えないトクメに、母親は何も言い返せず言葉がつまる。
「それにボールを投げたのはそちらの子供だ、怒るならそちらだろうが……子供、ましてや自分の子供のした事だ、怒らず笑って許してやるのが普通なのだろう」
「な、そ、う……!」
先程自分が言った言葉をそのまま返され母親は何も言い返せず思い切り睨みつけるが、当のトクメは楽しそうな笑みを浮かべている。
「お、俺の服が……何て事してくれたんだよ! さっきの魔法で俺の服のもちゃんと綺麗に落とせよ!」
「何故だ? これは模様をつけただけなのだろう、ならばすぐに落としては意味がないではないか」
「はあ!? んなワケないじゃん! こんなのただの悪戯……あっ!」
しまったといった表情で口を両手で塞ぐ子供にトクメは何も言わずただ笑顔を浮かべていると、母親が流石にこれ以上はマズイと思ったのか子供を抱えて逃げていった。
「あんた! 覚えてなさいよ!!」
ご丁寧に捨て台詞を吐いて。
「……いつまで固まっている。置いていくぞ」
「あ、わっ、ちょっと待ってよ!」
呆気に取られていたルシアだが、声をかけられ我に返ると慌てて後を追った。
******
「それにしても、さっきのあの跳ね返りはまた魔力でやったのか? お前ならあのボールを割らずに包んでそのまま投げ返すとか簡単だろう」
先頭を歩いていたウィルフが隣へ並んだトクメに先程のやり取りを思い出し話しかけた。
「そこまでしなくとも普通に子供の投げる力と速度、角度を計算すれば薄い膜を張る程度で十分だ」
「よくそこまで計算できたな……というか、やっぱり思い切り何かやっていたんじゃないか。よく何もしていないと言えたな」
「何もしていないとは言っていない。私は、母親に何かしたように見えたかと聞いただけだ。『見えた』と答えていたらきちんと話していたが……それ以上何も言ってこなかったのを見るに、母親には私が何もしていないように見えたのだろう」
シレッと何ともないような顔をして言うトクメの顔を、ウィルフは若干の呆れを含めた目で見ている。
「……お前、ちょっとは怒っていたんだろう」
「いいや。私は元々温厚で穏やかな性格だ、あの程度で怒りはせん」
その言葉にムメイとシスがピクリと反応した。
ムメイは呆れた目で黙ったまま首を振り、シスも無言で頷く。
そのまま目が合ったイリスもコクリと頷き、ルシアは何度も勢いよく頷いている。
幸いと言うべきか前を歩いているトクメとウィルフは何も気づかずそのまま会話を続けていた。
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