第22話 シスと金貨

 ウィルフが冒険者ギルドへ入ると探していたシスがいたのだが、何やら様子がおかしかった。


 魔物買い取りの受付の前にはキマイラの死体、それを挟むように何か言い合っているシスと大柄の冒険者。


 何となく事情が察せた。


「シス、何かあったのか?」

「ん? ああ、こいつが俺の獲ってきたキマイラを横取りしようとしているんだ」

「横取りだぁ? そりゃそっちだろ、このキマイラは俺達がやったんだ。仲間達と命がけで倒したのに、ちょっと目を離した隙に盗んで行きやがって。売りに出せば勝ちと思ったが甘いんだよっ、Dランクが討伐ランクA指定のキマイラなんか一人で倒せるワケねえだろ」


 周りを囲む野次馬に視線を向ければ大柄の男の言葉に頷く者がほとんどで、シスに不審の目を向けたり「最低」と呟く言葉が聞こえる。


 しまいには大柄の男の仲間と思わしき若い女性がグスグスと泣き出し、シスへ向ける視線は益々冷たくなっていく。


「嘘を言ってんのはそっちだろ。お前、このキマイラをどうやって倒した」


 しかしシスは周りの視線を気にせず落ち着いた様子で大柄の男に尋ねた。


「ああ? んなもん決まってんだろ、仲間の魔法で気を引かせて後ろから俺のこの大剣でぶった斬ったんだよ。そんなのも分かんねえのか」

「へえ、このキマイラのどこにそんな傷があるんだよ。斬られた跡や魔法で攻撃された跡なんかどこにもねえだろ」

「なっ! そりゃ、ま、魔法だ! 回復魔法で治したんだよ! 傷はない方が高値で売れるしなっ」

「ならこっちの、山羊の頭の喉の傷は? 獅子の頭の方にも喉に穴があるが、治したと言うなら何でこの傷は治さない」


 ゴロッとシスが足でキマイラの死体を転がすと、確かに二つの頭の喉にそれぞれ傷跡が残っていた。

 傷跡を見るに多分シスは本来の姿で戦い、山羊の方は爪で押さえもう片方は喉に噛み付いて窒息死させたのだろう。


「そ、それはっ……!」


 口を詰まらせる大柄の男に周りの視線がだんだん怪しくなってきた。

 男の仲間達も気まずそうにし、泣いていた女も今は目を釣り上げシスを睨みつけている。


「騒いでんのはテメエらか」


 今にも大柄の男がシスに掴みかかりそうになった時、奥から四十代ぐらいの筋肉質な男が現れた。

 ギルド職員と現れた辺り、ギルドマスターらしい。


「ギルドマスターか! 聞いてください! こいつ俺達の倒したキマイラを横取りしようとしてやがるんです!」

「ああ、話は聞いている。ところでだ、このキマイラはいつ、どこで盗まれたんだ?」

「え? その、そこの入り口の前だ、です。自空間から取り出して、分け前を話していると気づいた時にはなくなっていて、慌てて中に入ったらこいつが俺達のキマイラを売ろうとしてやがったんだ」

「ほお、そりゃおかしいなぁ」


 大柄の男は完璧な理論とでも言いたげな顔でその仲間達も必死に頷いているが、ギルドマスターはそれを聞くと顎を摩りながら目を細めた。


「俺は今さっき街の連中が森からキマイラを引きずってきたとんでもない奴がいるって騒いでんのを聞いたんだよ。なのに、入り口で出したってのはおかしくねえか?」

「あ、いや、それ、は……」


 野次馬達の視線が一転してバッと大柄の男達に向かった。

 既に問題は解決したとばかりにシスは欠伸をしている。


「余裕だな」

「腹減ってんだよ、早く終わんねえかな」

「……お前、本当はそんな話し方だったのか……最初はもっとこう、固かっただろう」

「……変える必要が無くなったからな」

「ああ……」


 多分ムメイに少しでも良く見られようと口調を変えていたのだろう。

 しかし肝心のムメイがシスの種族を知っていて、しかも普段の様子も知っているような言い方をしていたのでそんな必要も無くなってしまい元の口調に戻したらしい。


 言ってしまえばシスは無駄な努力をしていたという事になる。


 何というか、報われないな。


 先程のゼビウスとのやり取りを思い出し、ウィルフは少し自分と重ねてしまった。

 全てが無駄と分かってしまった時のあの脱力感は凄まじい。


「お前らここのギルドに二度と顔出すんじゃねえぞ!!」


 そんな事を話しているうちにキマイラ問題は解決したらしく、大柄の男達はギルドマスターに蹴り出されていた。


「ったく、災難だったな。おーい、金の準備は出来ているかー」

「は、はいっ。素材も全て買い取りという事でしたのでこちらに」


 受付はあたふたしているだけだと思っていたが、どうやらギルド内ではシスの無実はとうに証明され買い取りの準備をしていたらしい。


「ではキマイラの買い取り価格は金貨二千枚になります。金額が金額なので、支払いは白金貨か大金貨になりますが希望はありますか?」

「白金貨? 大? ……俺は自空間を持っていないからなるべく少ないので頼む」


 シスの返事にウィルフの背中に冷や汗が流れた。

 ギルドは魔物を全て買い取りに出したから相手も高額の何かを買うと判断してそう言っているのだろうが、それは違う。


 シスは魔物だから金の事をよく知らない。

 このままでは後々問題が起きてしまうとウィルフは慌てて会話に割り入った。


「ちょっと待った、白金貨は一般的に使われる物じゃないから全部は止めろ。大金貨もだ。大量の金貨を持つのが大変なら俺の自空間に入れたらいいから白金貨や大金貨だけにするのは止めておけ」

「? 結構ややこしいんだな、任せていいか」

「ああ。すまないが白金貨十枚大金貨十枚、残りを金貨で頼む」

「はい、では少々お待ちください」

「借金はこれで足りるか?」

「多過ぎるくらいだ」


 そう言われウィルフはターチェスで部屋を汚した弁償金を肩代わりした事を思い出した。

 しかし借金は金貨三十枚。十分過ぎる。


 その後用意された金貨から借金を返してもらい、残りは自空間へ入れるとシスとウィルフは揃ってギルドから出た。


「依頼を受けに来たんじゃないのか? 一緒に出て来たら意味ないだろう」

「ああ、大丈夫だ。ギルドに来たのはシスを探す為だ」

「俺を?」


 丁度いいとゼビウスの事を話そうとした瞬間、お互いの腹からグウゥと何とも情けない音が響いた。


 よく考えればウィルフはゼビウスの話が終わった後すぐ何も食べずにシスを探しにいき、シスもさっき腹を空かせていると言っていた。


 こんな状態ではしっかり話す事は出来ない。


「とりあえずどこか店に行こう」


 幸いあの大柄の男が待ち伏せしている気配はない。


「せっかくだから店に着くまでに金の説明をしておくか」

「さっきの大金貨とか白金貨の事か?」

「ああ、まず種類から。一番安いのが銅貨で次に銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨とある。銅貨を十枚集めると銀貨一枚と同じ価値になり銀貨十枚だと大銀貨一枚、大銀貨十枚だと金貨一枚といった感じで同じ硬貨を十枚集めると一つ上の硬貨一枚と同じ値段になると考えたらいい」

「えっと、銅貨と銀貨、大銀貨……十枚……」

「普通の買い物や食事とかには主に銀貨や大銀貨を使う。大金貨や白金貨は出しても店側が釣りを出せないから使わない方がいいし、周りに見られるとスられたり揉め事の原因になるから避けた方がいい。あと大銀貨の支払いを銅貨で払うのも迷惑がかかるから……」


 どんどん説明していったが、ふとシスの方を見ると完全に固まっていた。


「……すまない、一気に説明し過ぎたな」

「いや、なんて言うか……結構ややこしいんだな」

「シスもすぐに分かるようになる。とりあえず金を出すときは銀貨か大銀貨だけにしておけば大丈夫だ」

「分かった」

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