第20話 それぞれの朝

 ロコポートは森と海に囲まれ食に恵まれた街である。

 港があるからか人の出入りが多く、賑やかで、栄えている。


 ルシア達の泊まっている宿屋もターチェスの時とは比べものにならない程豪華で、食事も専用の場所があり色んな種類の中から自分の好きな物を好きなだけとるバイキング形式になっている。


 ルシアも早速そこへ向かいバターロールを一つ取るとあとは果物やケーキなどの甘味ばかりを選び、空いている席を探し歩いていると奥の席に茶髪の女性が座っているのを見つけ駆け寄った。


 茶色い髪はよく見る色だが、敬愛するイリスの髪はルシアにとっては特別綺麗に見えるらしく何の躊躇いも迷いもなく声をかけた。


「お姉様! おはようございます!」

「ルシア、おはよう。昨日はよく眠れた?」

「はい! お姉様こそ大丈夫ですか?」

「ええ、私は大丈夫よありがとう」


 昨日ロコポートに着いてから、というよりトクメが戻ってからのイリスは正直怖かった。

 宿屋に着き部屋を取ってからもずっとトクメに質問してばかりで、怖くなったルシアはムメイと共に途中で部屋に戻ってしまった。


 話している途中にトクメが長くなるからとムメイに退室を促し、イリスとウィルフもルシアへ部屋に戻っているよう言ってくれたので逃げたわけではないのだが、ルシアとしては最後まで部屋に残らなかったのを申し訳なく思ってしまう。


 しかしそんな事を全く感じない、いつもの優しいイリスの様子にルシアは安心して隣に座った。


「それよりルシアのそれはジャム? 色からするとチョコレートかしら」

「あっ、はい! 可愛らしい瓶だったので選んで見たのですが……マーマイトと書かれています。お姉様のは何のジャムですか?」

「私はオレンジのジャム、マーマレードよ」


 そう言ってイリスの見せてくれた小瓶の中身は透き通った綺麗なオレンジ色をしており、柑橘系の酸味の中に混じる甘い匂いにルシアの目もキラキラと輝く。


「マーマイトと似た名前ですがこっちの方が綺麗ですね、それに美味しそうです!」

「せっかくだから半分こする?」

「いいのですか!?」

「勿論。マーマイトって聞いた事ないから少し食べてみたいの。いいかしら」

「はい! じゃあ早速開けますね!」


 ルシアは嬉々としてマーマイトの蓋を開けた。


 ******


 さて、どうしたものかとシスは三つ首を傾げた。


 目の前には今倒したばかりのキマイラ。早朝の森の中、周りには人の気配も魔物の気配も一切ない。


 最初シスは周りと同じように宿で食事をとろうとしてみたが、肉料理にはどれも色々な調味料やハーブが使われており食べることができなかった。


 仕方なくその場を去り、森に入れば大抵何かしらの魔物が襲ってくるのでそれを当てにしたところすぐにキマイラと遭遇した。


 キマイラの肉は非常に美味しいので久しぶりのご馳走だと喜んだが、そこで思い出してしまったのがウィルフの借金。


 ターチェスで部屋を汚した代金をウィルフに立て替えてもらい、まだ返せていないのを思い出してしまった。

 現在Dランクのシスが受けれる依頼は初心者用しかなく報酬は低額。

 このままでは借金を返し切るのに数年はかかってしまう。


 しかし、このキマイラを冒険者ギルドや魔術師ギルドなどに買い取ってもらえば借金を返済できるぐらいには売れるかもしれない。それ程の額でなかったとしてもDランクの報酬よりは高く売れる筈。


 だが、今シスは朝食をまだ食べていない空腹状態。

 食べなければ死ぬ程ではないが、目の前にあるのはご馳走のキマイラ。


 食事をとるか借金をとるか。


 そう簡単には遭遇しないキマイラは出来れば食べたい。食べてからまた森を歩けば適当な魔物が襲いかかってくるかもしれないが、それが高く買い取ってもらえるか分からない上にそもそも襲ってくるかも分からない。


 それでも心の天秤は激しく食事に傾いている。


 しかし。


 もし今食べた場合、今後キマイラが現れる度に今回の事を思い出してしまうに違いない。

 借金している身でありながら食事を優先させた事を。


 そう思うと、どんなに食べたくともやはり今回は我慢するしかない。


 キマイラはまたいつか狩れる。

 食事は何の気兼ねもなく食べるのが一番だ。


 散々悩んでシスは人の姿になるとキマイラの尻尾ともいえる蛇を掴んで街へと歩き出した。

 咥えた方が早いのだが、一口ぐらいならとまた葛藤してしまいそうになる。


「くそっ、魔物が売れるってもうちょっと早く知ってりゃオーガ食わずに売ったのに」


 過ぎた事は仕方ない。

 深いため息を吐きながらシスはトボトボと街へ向かった。

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