第19話 保護者の雑談
天井で逆さ吊りにされているトクメを眺めながらゼビウスは一度ため息を吐いた。
「少しは落ち着いたか? ならそろそろ私の話も聞け」
「お前反省していないだろ」
「一応はしている」
トクメの身体は作り物なので足にフックを刺したところで血は流れず、痛覚もないので情け容赦なく刺したが本体部分の顔にするべきだったろうか。
一応脱け出さず大人しく吊られているのは本当に反省のつもりらしいが、それなら口調と態度もそれらしく変えてほしいものだとゼビウスはもう一度ため息を吐いた。
「確かに私はシスを殺そうとしたが、それには正当な理由がある。勿論お前の息子だと知っていればちゃんと対応も変えていた。むしろ奴を養子に迎えた事を話していればこうならなかったのではないか? 時間を考えれば顔を合わす機会はいくらでも会っただろう」
「オルトロスを養子にした話はしていただろうが。顔を合わせられなかったのはオルトロスが瀕死の重傷を負わない限りこっちに帰って来なかったのと、お前が呼んでも来なかったからだ。お前にも責任はある」
ビシッと人差し指でさせばトクメの顔が嫌そうにしかめられた。
小さく舌打ちする音もきこえたが、向こうが不利を認めた証明みたいなものなので気にしない。
「というか、旅行決めたんなら俺にも言えよ。行けないけど言えよ、オルトロスまで連れて行って名前までつけているし。オルトロスの名前は俺が決めたかった、シスだっけ? いい名前だよな」
「ちょっと待て、落ち着け。旅行はお前が提案した時に決めただろう、それに今からムメイを誘いに行くと宣言もしている。シスはどこで聞きつけたか勝手に割り込んできた上に名前は自分でつけていたから私は関係ない」
気づけばトクメは勝手に逆さ吊りから脱け出し、ちゃっかり向かいの椅子に座っていた。
フックも取り外してテーブルの上に置かれている。
「勝手に取るなよ」
「作り物の身体を残した方が良かったか?」
「それは迷惑だからいらないけどさ、それより割り込んできた?」
「そうだ。せっかくだからシス殺害未遂の正当な理由もまとめて話そう。まず前提として、お前の息子が私の娘に懸想している」
「ちょっと待って前提からいきなり過ぎる。何、シスってムメイちゃんの事好きなの」
「あれはどう見ても好意を寄せている。でなければ変質者だ」
「えー、俺そういうのシス自身から聞きたかった。酒酌み交わしながら好きな子が出来たとか、恋愛相談とか。全然そういう素振り見せなかったしいつの間に……」
知らない所で成長していた息子にゼビウスはショックを受け両肘を机に置きながら額を押さえた。
そんなショックから立ち直る間を与えずトクメは話し出す。
「私が初めてシスの存在を知ったのは、奴がムメイの匂いを辿って居場所を特定した時だ」
「…………」
「見知らぬ男が娘の匂いを嗅いで居場所を特定し、接触しようとしていた」
「わざわざ嫌な言い方に変えるなよ」
「ちょくちょく匂いを嗅いではムメイの周りをウロチョロしていたのでその度に致命傷を負わせて撃退していたのだが、お前が知らないという事は聞いていないのか」
「それも初耳。多分というか絶対その致命傷受けても帰って来てない……それだけ、じゃないよな」
「当然。他にもムメイの名前を調べてその名を呼んだ為、近くにいた大蜘蛛に聞かれてムメイが拐われた」
「……それシスに何かやった?」
「誘拐を企んだワケではなかったのでとりあえず高所から重力加速して落とすだけで許してやった」
「殺意しかねえじゃん」
「後は先程言ったように、旅行に勝手に割り込んで来たうえに隙あらばムメイに近づき会話しようとしている。私の目の前で」
トクメが話す度にゼビウスの頭は下がっていき、とうとう額がテーブルにゴツリと打ちつけられた。
「それは……確かにシスが悪いな」
「分かればいい」
「でもさ、オルトロスって嗅覚優れているし匂いで追跡は普通じゃないか?」
「獲物ならば私も気にしないがムメイは娘だ。私利私欲で匂いを嗅がれるのは私が生理的に受け付かんし嫌悪感が凄まじい」
第一印象が「娘の匂いを嗅いで居場所特定した男」なら確かにそうなる。
特にトクメは娘を溺愛している上にそういった事に対する嫌悪感が強い。
何とか持ち直そうと片腕に頭を預けてトクメの方を向く。
「……まあ、いいよ。お前がシスを嫌うのは理解したけど殺すのは勘弁。傷つけるのも」
「……シスがムメイに近付かないのなら考えなくもない」
かなり渋りながらも妥協しているみたいだが、全然許していない。
詰んでいる状態とはいえ息子の恋は出来る限り応援したい。
「必要な会話ぐらいは許してやれよ、緊急事態とか」
「そのシスがムメイを緊急事態に陥らせた事があるのだが?」
「よし、何か食うか。チーズフォンデュ? ピザ? それとも他に何かあるか」
「……チーズフォンデュで」
応援したいが、非常に厳しい。
すまんシス、こちらに非がある状態でトクメを説得するの無理。
ゼビウスは心の中で謝罪して台所へ向かった。
そもそも、冥界にしょっちゅう帰っていればムメイだけに会えて仲良くなれる可能性はあった。
傷の手当てを終えてもすぐ地上に戻らずしばらく療養していればと、シスの親不孝っぷりを盛大に心の中で呟いておく。
「(初めてシスが冥界に来た時にムメイちゃんもいて、あの時はまだ息子じゃなかったから『保護した野良犬』って言っちゃったからムメイちゃんのシスへの第一印象これなんだけど問題ないよな。あの時既にムメイちゃんトクメの娘だったし、どっちみちこうなってたよな)」
自分の事は棚に上げてふと振り返るとトクメはいつの間にか本来の姿に戻り、器用にテーブルと椅子の隙間に挟まっていた。
「何やってんの、お前。手伝えよ」
「あいにく私には手がないからな、手伝いたくとも手伝えない」
「そっかー目玉だもんな。手も口もないからチーズフォンデュ作っても食えねえよな、じゃあチーズにワインぶち込むか」
「止めろ」
「だったら最初から大人しく手伝えよ、毎回無駄な足掻きしやがって」
渋々また人の姿になったトクメにブロッコリーやパプリカなど野菜の入ったボウルを渡したところで気づいた事がある。
「いつの間に顔出すようにしたんだ?」
「旅行の初日に。一般的に子供というものは親の見た目が整っていて、珍しい仕事に就いていたり特別な存在だったりすると喜ぶらしい。つまり、私は見た目さえ整えればまさに理想とする父親そのものだという事だ。ムメイはあまり喜んでいるようではなかったが、まあ表向きはそう振舞っているだけだろう。反抗期というものだな」
「お前何で子供の事になるとバカ全開になんの? そんなだからムメイちゃんに嫌われるんだよ」
自信満々に言いながら材料の野菜をブチブチと千切っていくトクメを横に、ゼビウスは呆れながら鍋にチーズを大量に入れていく。
白ワインを入れようと取り出したが、トクメは酒に非常に弱く下手するとコルクを開けただけで酔い潰れてしまうのでそっちはそっと戻し代わりに牛乳を注いで静かにかき混ぜる。
「嫌われてなどいない。言っただろう、ムメイは今反抗期だと。思っている事とは反対の事を言っているだけだ、心の中ではちゃんと喜んでいるに決まっている。勿論私の事も父として慕っているに違いない」
そう言っているわりには野菜を千切る手つきが荒くなっている。
本気で反抗期だと思っているが、嫌われているとは考えるのも言われるのも嫌らしい。
「図星か? つうか細かすぎ、せめて一口サイズにしろよ」
「私に『一口』だとか『ひとつまみ』といった曖昧な指定は止めてもらおうか。センチやグラムという世界共通の単位があるのだからそれで統一しろ」
「お前本当……ほんと……」
トクメには元々口も手もないので確かに『一口』だとか『ひとつまみ』と言われても分からないのだろうが、しかしゼビウスは知っている。
ムメイにも食べやすい大きさと言えばしっかり適度な一口サイズに揃えられるという事を。
しかも今千切っている野菜は全て一センチ角できっちり揃えられているので恐らくシスの件でまだ納得していないのと、あと以前に塩ひとつまみが分からず一掴みいれて喧嘩になったのをまだ根に持っている。
「……まあ、食べられないわけじゃないしいっか」
ささやかな反抗で野菜を細かすぎる程千切られたが、食事が終わると珍しくトクメから後片付けを引き受けたのでやはりそれなりに反省はしているらしかった。
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