第16話 第二の正体バレ

  ガサゴソと草むらをかき分けながらシスはため息をついた。


「何でお前がいるんだよ」

「安心しろ、私も好きでいるわけではない」


 後ろでトクメが心底不本意だとでもいいたげに答える。

 現在シスは薬草採取の依頼中で、ウィルフとルシアはワイルドウルフの討伐依頼を受けて別行動中だった。


 シスも本来ならそっちの依頼を受けるつもりでいたが、トクメに首を切られた傷が完全に癒えていない状態で中毒症状を起こしたりとお世辞にも万全の状態とは言えないので完治を優先させた。

 要は自分用の薬草採取ついでの依頼である。


 ウィルフには無理をするなと言われたが、血で部屋を汚したりベッドや床に傷をつけた弁償金を払う際に手持ちが全く足りず、ウィルフに借りた身からしては少しでも早く返済したい。


「お前も金を出すべきだろ」

「私は何の関係もないだろう」

「お前が俺の首をかっ切らなきゃ敷物は血で汚れなかった」

「貴様が私に話しかけなれば首を切られる事もなかった。自業自得だ」


 ああ言えばこう言うトクメに何を言っても無駄な気がしてシスは薬草探しに集中する事にした。

 幸いと言うべきか、現在トクメは本来の姿に戻りフワフワ浮いているのでとても無視しやすい。


 首は切られたが、基本トクメは相手を直接攻撃する事はしない。

 攻撃するよりも相手の言い分を正論という名のこじつけと揚げ足取りで言い負かし、自滅させる方を好む。

 しかしシスにだけはやたら攻撃的で、直接こそないが事故や事件に巻き込ませたり等とても自然に且つ積極的に殺害を狙ってくる。


 昨日の中毒もウィルフが何も言わなければ絶対見殺しにしていた。

 もっと言うと、ステーキにあのベジタウダーがかけられたと知っていながら黙っていたのではないかとシスは疑っている。


 聞けば答えるし嘘はつかないのを知っているが、知ったところで何か変わるわけでもないのでシスはもう一度ため息をついた。


 あまり嬉しくないがこういう事に慣れてしまう程にはもう何度もトクメから殺されかけ、それ以上に昔からよく瀕死の重傷を負っていたので今更トクメだけを責める気にならないと言った方が正しいかもしれない。

 流石に首切りはやり返したくなったが、正直あの時のトクメは怖かったので出来れば二度と関わりたくない。


 関わりたくないが……。


「……お前、俺の事嫌いなのに何でほぼ毎回ついてくるんだよ」

「貴様がムメイに近づかないと誓うならすぐにでも離れる」


 トクメの答えにシスは何も言わず再び薬草を探し始めた。

 ムメイから離れるつもりはないと言う無言の答えに背後からヒシヒシと重く冷えた空気が伝わってくるが、シスはひたすら無視して先を進む。

 何もしていないから直接攻撃はしてこない筈とある意味トクメを信用して背中を向けているが、冷や汗は止まらなかった。


「無駄な努力をするものだ」


 ボソリと呟かれた言葉に思わず作業の手を止め振り返った。


「どういう意味だ」

「言葉通りの意味だ。全く実らない、意味のない努力は早々に諦めた方がいいと言っている」


 言葉通りの意味と言われ、即座に思ったのはムメイの事。

 思わず反論しようとした時、背後でガサリと大きな音がした。


 トクメがよく使うシスの殺害手法の一つとして、魔物が近づいてきているのを感知した時にあえてシスに話しかける事で魔物の接近に気づかせないようにする方法がある。


 上手くいけばシスは魔物に不意打ちされ倒されるが、今まで成功した事はない。

 それでもトクメは機会があれば欠かさずせっせとシスの気を逸らす。


 今回のように。


 シスは振り向くと同時に拳を放った。


 現れた魔物は筋肉質で緑色の肌が特徴の身長二メートルを超える巨大なオーガ。


 拳は丁度相手も振り下ろしていた拳と当たり、シスの足元の地面にヒビが入った。

 しかし攻撃を受け止められるのは想定済みなのか、シスは焦る事なく拳を横に流すとそのまま地面を蹴りオーガの顔に向かって蹴りを一発、その勢いのまま体をひねらせ同じ場所に反対の足で二発目を入れる。


 二発目の蹴りでオーガの首からはゴキリと不穏な音が響き、地面に叩きつけられるように蹴飛ばされると動かなくなった。


 ******


 シスが依頼を終え冒険者ギルドに戻るとそこにはウィルフとルシアもいた。

 向こうも丁度依頼を終えたらしい。


「……何でトクメがいるんだ? 冒険者登録していないよな?」

「ただの見張りだ」


 ウィルフとトクメの会話には入らずシスは受付へと進む。


「Dランク薬草採取の依頼を終えてきたシスだ。確認を頼む」

「はい、かしこまりました。では確認しますので指定の品を提出して下さい」

「おーい! ミスラちゃーん! 貴女のルドラが依頼を終えて無事に戻ってきた、よ……」


 丁度そこへガタガタと派手な音を立てながら他の冒険者パーティーが帰還を大声で宣言しながら入ってきた。

 しかしその陽気な声は途中で止まり、先程までガヤガヤと騒がしかった雑音や会話もなくなりシンと静まり返っている。


「?」


 ウィルフが異変に気づき固まっている冒険者パーティーの視線の先、受付の方を見ると……。


「え?」


 シスのいた場所には、いつのまにか黒くてデカイ犬が受付の台に前足を乗せ後ろ足で立っていた。

 犬の大きさは一メートルは余裕で超えており、黒い毛に赤い瞳が恐ろしい雰囲気を強調しているように感じるが、何より冒険者達を固まらせている原因は、その犬の頭が三つもある事だろう。


「ア゛ーーーーーー!!!!!!」

「きゃああああああ!!!!!!」


 一拍の間を置いて、その犬?と受付嬢の叫びが合図のように冒険者ギルドは大混乱へと陥った。

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