第15話 『好き嫌い』と『食べられない』
食事も終わり部屋に戻る途中、シスの様子がおかしい事にウィルフは気づいた。
「シス……顔が真っ青だぞ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ……」
そうは言っているが足元もふらつきどう見ても大丈夫そうには見えない。
「? 何かあったの?」
「いや、何でもない」
しかしムメイに声をかけられるとウィルフの時は弱々しく小声だったのに対しはっきりと答え、前屈みだった背筋もピシッと綺麗に伸びている。
「そう? でも」
「ムメイ、もう部屋に着いたが入らないのか? まだ私と話したいというならば一向に構わん、先程とは別の店にでも行くか」
「……お休み、また明日ね」
「お休みなさい、ウィルフ」
「ああ、お休み」
シスから離そうとわざとそうしたのか本当にムメイと別の店へ行きたかったのか判断に迷うところだが、肝心のムメイはトクメを無視してそのまま部屋へと戻ってしまった。
それと同時にシスはまた前屈みになり、呼吸も先程より荒くなっている。
それでも何とか部屋に入ったがそこで限界が来たのかシスはその場に倒れ込んだ。
「シス! やっぱりどこか悪いんじゃないか!」
「だ、大丈夫だ……放っておけば治る……ちょっと動けないから、このまま寝させてくれ……」
「おいトクメ! こんな時に寛ぐな! シスはどうしたんだ!」
「シスが放っておけと言っているからそうしているだけだが?」
「言葉通りに受け取るな! どう見ても大丈夫じゃないだろ!?」
部屋に入り早々にソファで寛いでいるトクメは我関せずと優雅にコーヒーを飲みはじめ、ウィルフがどんなにせっついても動く気配は微塵もない。
そうしている内にシスの状態は見るからに悪化し、痙攣まで起こしている。
「もういい、こうなったらムメイを呼んでくる! ムメイなら何か分かるだろう」
「ちょっと待て、何故そこでムメイを呼ぶ」
ムメイの名前を出した途端トクメはすぐさま反応し、ソファから立ち上がりウィルフの方へと近づいてきた。
「シスとは知り合いみたいだしな。完全に初対面のイリスやルシアよりはシスのこの状態や治療だって出来るだろう」
そこまで言うとトクメは明らかに苛立ち嫌そうな表情になったが、珍しく特に言い返してくる事はなく唸り声のようなものを上げている。
シスを治療するのは嫌だがムメイを関わらせるのも嫌らしく、かなり葛藤しているようだ。
「……桶、いやタライの方がいいな。それと大量の水だ」
しばらくしてから一度深い息を吐いてからトクメは嫌そうな表情は変わらないままウィルフに指示を出した。
「?」
「聞こえなかったか? 私はこいつを助ける気なんぞ微塵もないから助けたいのならばお前がやれ」
「あ、ああ分かった! その後はどうすればいいんだ!?」
「蹴れ。もしくは殴れ。奴の腹を」
「は」
「これはただの中毒症状だ。毒物を摂取してから時間はさほど立っていないのならば吐かせた方が早い」
「だが流石に蹴るのは……いや、分かった。吐かせればいいんだな。シス、少し苦しいだろうが我慢してくれ」
「……? っ!!?」
シスはもう焦点が合っておらず声も聞こえていないようだったがウィルフは構わずシスの口に指を突っ込み舌の根本を強く押した。
ほとんど条件反射で噛みつこうとしたのを素早く指を抜く事で避けると次の瞬間、シスは側にあったタライに顔を近づけ先程食べた物を吐き出した。
「これで大丈夫か?」
「何度も吐かせて完全に毒物を出させればな。あとはシスの体力が保つかだ。とりあえず水は飲ませておけ、私は出る」
「薬を買いに行くのか?」
「まさか。不快な存在だけでなく臭いと声と音にまで満ちた部屋にいたくないだけだ、今日はもうここには戻らん」
「あっ、おい……!」
さっさと部屋を出ていったトクメを引き止めようとしたが、シスがまた吐きはじめたのでウィルフは介抱を優先させた。
******
「カミラ・ウィスターンだな」
カフェのテラス席で紅茶を飲んでいると名前を呼ばれ、顔を上げると空いていた前の席に男性が座った。
銀髪に片目を包帯で覆ったその男性は先程話しかけた団体の中でも一際目立っていたのでよく覚えている。
「こんばんは、わざわざ私に会いに来たという事はベジタウダーの購入?」
「いいや、お前がシスのステーキにベジタウダーを振りかけた件について話をしに来た。ついでに贈り物もな、きっと気に入る」
そう言って男性が差し出しのは小さなカゴで、その中には赤く細長い指のようなキノコと白くて細長い二種類のキノコが一本ずつ入っていた。
「コレって……」
出されたキノコと優しい笑顔で差し出す男性の恐ろしさに声が上擦る。
「カエンタケとドクツルタケだ。中々刺激的な味なのでそのベジタウダーと相性はいいと思う、試してみては?」
綺麗な顔につい頷きそうになったがすぐ我に返って顔を振った。
どちらも猛毒で有名な毒キノコ。
いくら美形に微笑まれながら勧められたとしても受け入れるワケにはいかない。
「食べないのか? 好き嫌いは良くないと言っていたのに?」
「さ、流石に毒は……」
「毒?」
おもむろに男性はカエンタケを手に取った。
カエンタケは触れるだけで危険だというのに男性は何ともないように素手で取り、一口齧るとまるで安全であると言いたげにこちらに視線をやった。
「私には毒でも何でもないただのキノコだ。だから何の問題もない」
「あ、貴方にとってはそうでも私には毒なので食べる事は出来ません。コレは好き嫌いと関係ありません」
「そうか。だがお前はシスに全く同じ事をし、好き嫌いをするなと言ったではないか」
「え?」
『シス』という名はおそらく頑なに野菜を食べようとしなかった黒髪の男性の事だろうけど、私は毒を食べさせようなんてしていない。
「玉ねぎは私達にとってただの野菜だが、シスには猛毒だ。おかげで中毒症状を起こして私が対処するはめになった。一袋丸々かけていれば対処の甲斐なく絶命していたのに中途半端にかけたおかげで奴は死なず、私の手を煩わせただけに終わり実に腹立たしい」
きつい言葉とは反対に男性は優雅に再びカエンタケを口にすると人差し指についたであろう汁を舐めとった。
なんて事ない動作だが、毒キノコを食べているという現実離れした状況に酷く妖艶な姿に見えて頭がクラクラする。
毒キノコの粉を吸って幻覚症状でも起きたのだろうか。
「まあ、お前にとって毒になるのならば仕方ない。別の物も用意してある、そちらなら何の問題もないだろう」
次に差し出されたのは毒キノコが入っていたカゴより一回り程大きめで、上から布がかけられ中が見えないようになっていた。
「今度はちゃんとした食材だ。食用として育てられたので毒もなく、他の国でも食べられている」
「…………」
目で開けるように促され、震える手でそのまま素直に従う。
「ひぃっ……!」
カゴの中には大量のムカデとゴキブリが蠢きあっていた。
カゴに何か細工がされているのか外に出ようとしてもすぐに落ちてまたゴソゴソと動き回っている。
すぐに目をそらして布をかぶせた。
動機が凄まじく、汗も出てきた。
なのに目の前の男性は涼しい顔をして今度はドクツルタケを齧っている。
「心配しなくとも毒はない。言っただろう、食用だと。だから毒は勿論、危険な病原菌は一切持っていない、安心して食べるといい」
「む、無理、違う……コレ食べ物なんかじゃない……」
「失礼な、数は少ないがれっきとした食材として扱っている国があるというのに。どうしても食べられないというのならそのベジタウダーを使えば良い。私も手伝おう」
男性が席から立ち上がった。
私は咄嗟に逃げ出そうとしたけれど、何故か足が動かない。
恐怖で動かないわけじゃなく、何かに押さえつけられたかのようにピクリとも動かない。
「嫌よ、嫌……無理、食べたくない……食べたくない……!」
「ーー好き嫌いは、良くない」
男性は私のすぐ側まで来ると耳元でそう囁き何処かへ行ってしまった。
助かったのかと思ったけれど、足はまだ動かない。
「え……嘘、何で? 手が、手が勝手に……!」
代わりに手が勝手に動き出した。
私の手は私の意思に反してカゴの布を取り中に手を突っ込む。
大量の虫が手を走り回る感触にすぐさま抜いて逃げ出したいのに相変わらず足は動かず手は虫を掴もうと探り続けている。
「止めて……誰か、誰か助けて……!!」
そう必死で叫んでも周りからは自分でやっているようにしか見えないので誰も助けてくれない。
それどころか見世物のように人が集まり、笑ったりしている。
とうとう、手が虫を捕まえた。
カゴから出されたのはゴキブリ。
当然生きている。
「嫌……やめて……」
手がどんどん私の口へとゴキブリを近づけてくる。
「ごめんなさい……謝るから、お願い、戻ってきて、助けて……! ーー!!」
とうとう、ゴキブリが、口の中へと押し込まれた。
手だけでなく今度は私の口が勝手に動いて、咀嚼して、飲み込まされた。
でもカゴの中にはまだ沢山のゴキブリやムカデ達がいる。
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