第14話 星を見るパイ

 それは偶然だった。

 日も落ち始めた頃、ムメイ達が目を覚まし部屋を出た時にトクメとウィルフも目を覚まし部屋を出たところだったのも、更に丁度その時シスが戻ってきたのも。


 なのでせっかく揃ったのにわざわざバラバラになるのも、とイリスが全員で食事に行こうと誘ったのは特に不思議ではなかった。

 といってもシスは最初断ろうとしていたがムメイに誘われるとすぐさま行く事を決め、トクメはシスも来る事が決まると明らかに嫌がっていたが。


「全員が揃って食事するのは初めてね」

「まあこの旅行が始まってまだ二日だし」


 イリスとムメイがそんな雑談を交わしているとそれぞれ注文した料理が運ばれ、目の前に並べられていく。


「それじゃ、ごゆっくり」

「え」

「ひっ」


 それぞれ注文した料理を食べ始めたが、ルシアだけは料理に手をつけず小さい悲鳴をあげイリスもそれにつられた。


「な、何これ、何なのこの料理……」


 ルシアの目の前にあるのはこんがりときつね色に焼けた美味しそうなパイなのだが、何故かパイ生地から魚の頭部が飛び出していた。それも何匹も。


「スターゲイジーパイじゃない。取り扱いがあるなんて珍しい」


 グラタンを食べながらムメイは軽く説明したが、ルシアはそれどころではない。


「え、何で魚丸ごと……しかも飛び出して? 星を見るパイって素敵な名前なのに……」

「名前通りじゃない、少なくともイワシは星を見上げているし。あ、星になっているとも言えるか」


 余計な事を言うムメイを若干涙目になりながらギッと睨みつけるも、注文した事は変わらないのでルシアはまずは魚を避けて恐る恐るパイの中身を一口食べた。


「あ、中はジャガイモと玉ねぎ、他にも色々入っていて美味しい……美味しいけれど……」


 どうしてもパイから飛び出た頭が目に入り食べにくい。

 一、二匹ぐらいなら大丈夫な気がしなくもないが、等間隔に埋め込まれたイワシ六匹はルシアの許容範囲を大きく超えていた。


「だ、大丈夫? 手伝いましょうか?」

「大丈夫ですお姉様。これは自分で注文した物ですからちゃんと責任もって全部食べます」


 そのままルシアはカチャカチャと音を鳴らしながら食事を続けた。

 その様子を気の毒そうに見ていたウィルフは隣からもカチャカチャと音が聞こえてきたのでそちらを見ると、ステーキを注文したシスがナイフとフォークに苦戦していた。


「シスはナイフとフォークを使うのは初めてなのか?」

「使っているのを見た事はあるが、こんなに使いにくいとは思わなかった……よく使いこなせるな」


 関心しているのかシスは音を立てずにナイフとフォークを使いハンバーグを食べているウィルフの手元をジッと見ている。


 何となくウィルフは隣にいるトクメを見たが、我関せずと優雅にカルボナーラを食べていた。

 シスが聞けばナイフとフォークの使い方を教えるだろうが、こちらから聞かない限り何かするつもりはないらしい。


 と言ってもお互いがお互いをかなり嫌っているのでシスはトクメに聞く事はしないだろうし、トクメも相手がシスならば聞かれても答えないだろうとウィルフは確信した。


「ねえ、ちょっといいかしら」

「っ、何か?」


 そんな事を考えているといきなり後ろから声をかけられ、完全に油断していたウィルフは少し驚きながらもそれを表に出さないように返事をした。

 

「あ、貴方じゃないの。そっちの、黒い髪の人なんだけど」

「…………」


 女性は三十代ぐらいで、茶色い髪を引っ詰めている。

 声をかけられたシスは手を止めたが何も言わず、黙ったまま女性を見ている。


「さっきから見ていたけど、全然野菜を食べようとしていないでしょ。好き嫌いはダメよ、ちゃんと栄養バランスを考えて野菜も食べなきゃ」

「好き嫌いしているワケじゃない、食べる必要がないだけだ」


 シスがそう言った瞬間、キラリと女性のかけている眼鏡が光った気がした。


「そんな事言っていたら病気になるわ。実は私、どんな野菜も食べられるようにする研究をしていてね。例えばコレ、見た目はただの粉だけど野菜を粉にしたものなの。勿論栄養はそのままで野菜特有の嫌な苦味や食感がないし、他に美味しく感じる成分も混ぜているからお肉や料理にかければ更に美味しくなるの。しかも大量の持ち運びが出来るから健康重視の冒険者や子持ちの主婦に今人気の商品よ。ベジタウダーって聞いた事ない?」


 女性はそう言って様々な種類の袋をテーブルの上に並べていく。

 ルシアやイリスは興味深そうに見ているが、シスは完全に警戒している。


「興味がない。さっきも言ったが野菜はわざわざ食べる必要が無いんだ。分かったら他所に行ってくれ」

「そう言わずに一度試してみて。私もさっき言ったけど野菜の味も何も感じないから、ほら」

「しつこい、余計な事をするなっ」


 ステーキの皿に粉をかけられそうになったシスは慌てて皿を持ち上げ先程よりきつく睨むと、流石に女性もそれ以上無理矢理しようとはせず大人しく手を引いた。


「私は貴方の健康を考えて言っているのに……まあいいわ。試供品としてコレは置いておくから是非試してね。もし買いたくなったら私の所へ来て、サービスするわ。それじゃあね」


 女性は軽くウインクをするとそのまま去って行き、テーブルには試供品として置いていかれたベジタウダーが残された。


「えーと。ルシア、これ試してみる? 少しは食べやすくなるかもしれないわ」

「いえ、元々味は良いので……この粉をかけたところでイワシと目が合わなくなるワケではありませんし……」

「そうよね……」


 結局誰もこの試供品を使う事はなく、ベジタウダーは店員に渡された。

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