第13話 一夜過ぎて

 窓から差し込む光と微かに聞こえてきた鳥の声にトクメは顔を上げた。


「もうこんな時間か。後半少し急いだが予定通りに終わったな」


 パタリと持っていた本を閉じ視線を戻した先にはボロボロになったイリスとウィルフ、そしてルシア。

 特にルシアは机にうつ伏せになり、ピクピクと瀕死のような状態になっている。


「さて、私は部屋に戻るがウィルフ、お前はどうする。このままここで寝るか?」

「いや、俺も部屋に帰る……イリス、ちゃんとベッドで寝ろよ」

「ええ……ありがとうウィルフ、お休みなさい」


 トクメとウィルフが部屋を出て行くと同時にベッドで寝ていたムメイがガバリと勢いよく起き上がった。


「今起きたの? 運が良いわね」

「寝ていないわよ、あの状況で寝れるワケないじゃない」

「え?」


 よく見ればムメイの目の下にはクッキリとクマが出来ており、髪も頭から布団を被っていたのでボサボサになっている。


「すぐ近くにブチ切れている奴がいて、そのまま呑気に寝れる程神経図太くないから。流石に」

「やっぱり怒っていたのね」

「お姉様、それってつまり私達は八つ当たりされたという事でしょうか」

「いや正当。ルシアが怒らせたんだから八つ当たりにはならないでしょ」


 イリスが答える前にムメイが答えた。


「え、私!? 何もしていないわよ!?」

「したした言った。あいつに『全部教えて』て言ったでしょ。アレ禁句なの」

「それだけで!? 」

「トクメには十分な理由になったんじゃないかしら。それにしては怒り過ぎる気がしたけど」

「やっぱり怖い……」

「そうだ、他に何か聞いてはいけない事ってあるのかしら」

「聞く事自体なら問題ないわよ。全部教えてって言わなければ一つ一つを大量に連続で聞いても怒らないし、神族に関しても意外と答えてくれる」


 神族、と聞いた瞬間イリスは一瞬嫌そうな顔になり、すぐに戻ったとはいえそれに気づいたムメイは申し訳なさそうな顔になった。


「ごめん、わざわざ言う必要なかったわね」

「あ……大丈夫よ、私こそごめんなさい」

「?」


 謝罪の内容が分からなかったルシアは不思議そうにイリスを見つめたが、話はそのまま続けられていく。


「あ、そうだ。ルシアはやりかねないから言っておくけど、あいつが何でも知っているからといって何でも出来るってわけじゃないから勘違いしないでね」

「どういう事よ」

「『知っている』と『出来る』は別物って事。前に料理のレシピを知っているのに何で作れないんだって言われて喧嘩しているの見た事あるけど、料理でも怒るんだから他の事なら多分激怒するんじゃない。昨日みたいに」


 そこまで話すとムメイはクア、と大きな欠伸をした。


「ダメ、眠さ限界。もう寝る……」

「そう言えば、私も……」

「ルシア、ちゃんとベッドで寝ないと……私も、ベッドに……」


 徹夜の勉強と極度の緊張感から解放され、ムメイはまたそのままベッドに倒れ込み、イリスとルシアは這うようにしてベッドに上り込むとそのまま眠りについた。


 ******


 部屋から出たウィルフはそれとなく横を歩くトクメを観察した。

 昨夜のようなピリピリとした雰囲気はないような気がする。


「……何を見ている」

「機嫌は治ったのか?」

「ああ……まあ、時間が経てば大体落ち着く。思い出しさえしなければな」

「悪かったな、思い出させて」


 遠回しに嫌味を言うトクメにウィルフは言葉の節々を強調させて謝罪した。


「全くだ。全てという重さを理解していない奴程軽々しく全部教えろと言ってくる……学の浅さがよく分かる」

「…………」


 思い出したからか、また怒りがふつふつと湧き上がってきているらしいトクメを無視して部屋の扉を開けると丁度外に出ようとしていたらしいシスと鉢合わせた。


「何だ生きていたのか」


 トクメの心底意外そうな声色に、シスの眉間に深いシワが入った。


「前からしぶとい奴とは思っていたがここまでとは……お前への評価を見直さねばならんな」


 先程までの不機嫌が一転して上機嫌でペラペラと話しているのに対し、シスは明らかに苛ついている。


「お、おい」

「お前はただのしぶとい奴ではなく、ゴキブリ並みのしぶとい奴だ。知能はゴキブリの方が遥かに高いがな」


 トドメとも言えるトクメの言葉に喧嘩が始まるかと思ったが、シスは静かに長い息を吐くとそのまま何も言わずに何処かへ行ってしまった。


「何だせっかく褒めてやったのに。つまらん奴め」

「どう見ても喧嘩を売っていただけだろう。俺は寝たいから話し相手が欲しいなら出かけたらどうだ」

「いや、私も寝る。思いがけない徹夜に付き合わされて非常に眠たいんだ」


 そう言うとトクメはさっさとベッドへともぐり込んでしまった。


「…………は?」


 残されたウィルフはトクメの言葉に釈然としない気持ちになるも、それより眠気の方が強かったのでそのまま寝る事にした。


「というか、部屋こんな感じだったか……? 何だか殺風景になったような……ダメだ、眠気で頭が働かない。とりあえず寝るか」

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