第12話 トクメの逆鱗

 その日の夜。

 ウィルフは商業ギルドの話を聞きにイリスの部屋へ行っており、この部屋にはシスとトクメしかいなかった。


「お前、ムメイの事は知っているだろう」


 とても友好的とは言えない目つきでシスが話しかけてきたのに対し、トクメも腕を組み冷めた目でシスと対峙している。


「何を指して『知っている』のかは知らんが、ムメイの事ならほとんど知っていると言えるな」


 はっきりとしないトクメの言い方にシスが苛立たしげに舌打ちをした。


「……ムメイの状態や呪いの耐性の事だ。何故治してやらない、お前なら治し方を知っている筈だ」

「ああ、なるほどなるほど。貴様もそうなのか」

「何?」

「私は確かにあらゆる事を知ろうとすれば知れるし、他の者より遥かに多くの事を知っている。その為か時折勘違いする者が現れるのだ。『知っている』という事はすなわち『出来る』事だと……シス、貴様のようにな」

「……っ!」


 スゥ、とトクメの目が細くなった。

 声も低くなり雰囲気の変わったトクメにシスは思わず後ずさる。


 本能で命の危険を察知したようだが手遅れだった。


「ところで、私は基本相手に直接手を出す事はしないと決めている。限りなく直接になっても、決して直接手を下したりはしない」


 唐突に明るい声になり笑顔で両腕を広げながら話すトクメだが、その目は笑っていない。


「だがシス、貴様は別だ」


 トクメの様子にシスは警戒して十分な距離を取っていた。

 にも関わらず、トクメは一瞬にしてシスの目の前に現れ素早く手を横に動かした。

 

 その瞬間、シスの首はパックリと裂けそこから大量の血が溢れ出てくる。

 咄嗟に首を押さえるも、血は止まらずシスはそのまま床へと足から倒れ込んだ。


「本当は首を落としてやりたったが、そうするとお前はすぐに死んでしまい殺したのはムメイになってしまう。たとえ今この場に宿の者がやって来たとしても、私が殺したと言ってもだ。永久奴隷とはそういうものだ」


 ヒューヒューと必死で息をしながら見上げたトクメの目の冷たさに、思わず首を押さえる手の力が抜けてしまいそこから容赦なく血が流れていく。


「その出血ならあと一分くらいか、だがこの街から出るには十分だろう。さっさと街から出てそのまま朽ち果てろ、間違っても街中で息絶えるなよ」


 そのままトクメはシスに背を向け歩き出したが、扉まで来ると一度足を止め振り向いた。


「そういえば質問に答えていなかったな。『ムメイを何故治さないのか』答えは知らないからだ。ムメイを治す方法は何処にもないのを知っている、とでも言った方がいいか。だから治したくとも治せない。知りたい事が知れて満足だろう、ならもう思い残す事はないな」


 今度こそトクメは振り返らずにそのまま部屋の扉を閉めた。


 ******


「あ、丁度いい時に。今から呼びに行こうとしていたのよ」


 トクメが部屋から出ると同時にルシアが部屋から出てきた。


「今から? 遅過ぎる事も早過ぎる事もない、良いタイミングだな」

「な、何を言っているのか分からないけれど教えて欲しい事があるからちょっと部屋まで来てよ」

「まあいいだろう、何が知りたい」

「勿論魔法の事よ! 魔法の扱いが上手になるにはまず魔法の事を知らないと! トクメは何でも知っていると聞いたからまずは属性の事とか教えて欲しいの! あと他にも……とにかく沢山! 全部!」

「ほう、全部」


 トクメの声色が変わった事に気づかずルシアはそう言うと部屋の扉を開けたまま中へ入るよう手招きした。

 トクメが今は人の姿をしているとはいえ、やはりまだ慣れないのか一定の距離を保ったまま近づこうとしない。


「トクメ、急にごめんなさいね。こういうのは貴方に教えてもらった方がいいと思って」


 部屋ではイリスとウィルフが簡単な机と椅子を用意してトクメが来るのを待っていた。

 基本扱いが難しい、というより予想不能なトクメではあるが意外と教えるのは上手く、持っている知識も相当なので分からない事はトクメに聞くのが一番ではある。


 余計な事さえしなければ。

 

 おそらくウィルフがいるのは教えを受ける為ではなく何か起きた時にイリスとルシアを守る為だろう。


「そうだな、確かにここにいる者達の中では私が一番知っている。だから教えてやろうではないか、私が知っている限りの魔法についてを、全て」

「ん?」


 いつもと違う雰囲気にイリスとウィルフが疑問を覚えるも、それを確認する前にトクメは自空間から分厚い本を大量に取り出すとバスバスッと机の上に置いた。


「え」

「まず最初に教えて欲しいのは魔法属性と言っていたな。なら早速教えよう。まず魔法の基礎からだ。基本魔法は地水火風の四属性に光と闇の二属性があるが、他の大陸では地水火風以外の属性が加わる事もある。雷や氷などがいい例だな、勿論この大陸にも雷や氷の魔法はあるが属性は雷なら風、氷は水という扱いになる」


 いきなり早口で始まったトクメの魔法講座に呆気に取られたルシア達だがお構いなしに話は続く。


「この大陸における基本属性の相互関係は地は水に強く水は火に強く、火は風に強く風は地に強い。今言った雷や氷属性もこの四属性の相互関係に当てはめられる。しかしこれはあくまで基本であり特定の状況や大陸によって違う事もあるがこれは後程教えよう。他にも極東に伝わる魔法とは違う変わった術がある。こちらの場合まず属性は水火金木土の五つだ。そしてそれぞれの相性は水は火に強く火は金に強く金は木に強く木は土に強く土は水に強い。向こうでは五行相剋、五行相生と言われている。これに関しては魔法が効きにくい神族にも有効であり……」

「ちょ、ちょっと待って!」


 終わりの見えなさそうな話にルシアが慌てて止めると、トクメは不満気に眉をひそめた。


「何だ、まだ話は続いているぞ」

「その、極東とかそういうのはいいからもっと簡単に要点だけ教えてくれればそれでいいかなって」

「そうか、だが断る。お前は私に全部教えろと言っただろう。全部と言われたからには、私は私の知る限りの全てを教えなければいけない。分かったなら続けるぞ。魔法属性だけならば今からでも急げば明日の朝には教え切れる」

「ヒッ、お、お姉様……」


 目が本気のトクメにルシアはイリスに救いを求めたが、イリスは黙って首を振ると静かに隣へ座った。


「私達にトクメを止める事は出来ないわ。私に出来るのはルシアと一緒にこの魔法講座を徹夜で受けるだけ」

「お姉様……! ごめんなさい、私のせいで……」

「いいのよ、気にしないで。私も魔法についてはもっと知りたかったから丁度いいわ」

「俺もか……このまま置いて戻れないから俺も徹夜確定か……」


 ふとウィルフがムメイの方を見ると、先程まで普通に寝ていた筈が今は何故か頭まで布団を被っていた。

 心なしか膨らんだ布団が小刻みに震えているように見える。


「(寝たふり……! シスも部屋にいるから……運がいいな)」


 隣が絶賛修羅場中である事はトクメ以外誰も知らない。

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