第8話 奴隷の扱い

 ムメイ達がいた森を抜けた先にある街の名はターチェス。

 森の近くにある為魔物の侵入を防ぐ壁が特徴の、それ以外は特に変わった所はない普通の街である。


「おい! そこの黒髪の女!!」

「ん?」


 特に目的も決めていなかった為全員揃って街中を歩いているとムメイが一人の衛兵に呼び止められた。


「貴様奴隷でありながら首輪を外すとは何事だ!!」

「首輪? 何ソレ」

「奴隷の規定か。奴隷は皆、逃走防止の為国が定めた首輪を装着するらしい。他にも奴隷の種類によって首輪の形や素材が決められているみたいだな」

「え、なっ」


 いつかシスにしていたように、トクメは衛兵の頭から白い文字を引き出し奴隷の規定をツラツラと読み上げている。


「お姉様、前から思っていましたがアレは何ですか。魔法ではないみたいですが……」

「一応魔法だけどトクメだけが使える特技みたいなものよ、相手の過去の言動全てを文字にして引き出すの。トクメの前では隠し事は一切出来ないから気をつけてね」

「何でもかんでも集めたがる癖があるからな、相手の過去を引き出して本にする趣味もあるから気をつけろ。ついでにソレをバラまいたり読み上げたり、その時の気分で色々やらかす」

「うわぁ」

「と、とにかく! どうやったか知らんが首輪を外したくらいで逃げられると思うな! すぐにお前の主人に連絡してやるからな!」

「何だ、私に用があるなら最初からそう言えばよいものを」


 衛兵がムメイに掴みかかろうとした手を、トクメが前に出てパシリと払った。


「お前がこの奴隷の主人か。ならば奴隷規定に従い首輪の装着をさせるように」

「何故だ? 奴隷規定によると首輪の装着は義務とはされていない、ならば着ける着けないはこちらの自由だろう。あと『主人』という言葉は好かん、『保護者』と呼べ」

「奴隷に首輪を着けないだと? それだと他の奴に盗られても文句は言えんぞ。ほら、この首輪を売ってやろう。本当なら金貨三枚だがあんたはこの街に来るのは初めてみたいだから特別に金貨一枚にしてやる」

「結構だ。首輪の値段は銀貨一枚だろう、ぼったくりたいのならもう少し考えることだな。それにその首輪は主に借金奴隷に使われている物ではないか、ならばお前が装着した方がふさわしいのでは?」

「なっ!?」


 いつの間にか衛兵の首には先程の首輪が装着され、衛兵は慌てて首輪を掴み外そうとしているが外れる様子は全くない。


「借金奴隷とは一定以上の金額を借りた者が期限を過ぎても返済出来なかった時に科される一種の刑罰だろう。お前は複数の相手から金を借りているみたいだが合計額はその規定額を満たしている上に一件返済期限を過ぎている。更には同僚や部下に権力と暴力を使い金も集っているとなれば、今のお前の状態を見つけたらどうするだろうな。その主の刻印をしていない、誰でもお前を奴隷に出来る今の状態を」


 己の状況を理解したのか衛兵の顔色が一気に青ざめていく。


「で、どうする。まだ特に義務でもない奴隷の首輪の装着について私と話し合うか?」

「貴様……覚えていろよ!!」


 衛兵はそう言い捨てると慌てて何処かへと走り去っていった。


「両親は上級官職で自身も出世を約束され、ギャンブルと酒に溺れ汚職にも手を出している……特に面白い事はないな」


 衛兵がいなくなってからも白い糸を読んでいたトクメだが、特に興味を引く事もなかったのか手を離すと同時に糸もパッと消えた。


 ******


「悪いけど、うちに奴隷を泊める部屋はないよ」


 日も暮れてきた頃、宿に泊まる為トクメが適当に決めた宿屋はムメイが永久奴隷と分かるや態度を一変して宿泊を拒否してきた。


「ほう、ならばいくら積めば泊める気になる?」


 それに対し何故かトクメは瞳を輝かせ宿の主人に交渉を持ちかけた。


「いくらって、あんた金持ってんのかい?」

「あいにく私は現金を持たない主義でな。代わりの物なら……そうだな、宝石はどうだ? ムメイ」

「はいはい」


 トクメに呼ばれ、ムメイは素直に従いカウンターに次々と宝石を並べていく。


「へっ、あ、ええっ!?」


 小指の爪程の大きさから始まりメロン程の大きさまでのルビーやサファイア、ダイヤといった高価な宝石に宿の主人は驚きを隠せず目を見開いている。


「まだあるけど出す?」

「いや、もう十分だ。それで、どれを出せば満足する?」

「そ、そうだね……何せ泊めるのは永久奴隷だし、そこの一番大きいダイヤをくれるんなら泊めてやってもいいよ」


 宿の主人の言葉にトクメはニッコリと笑顔になった。


「そうか、ならば交渉決裂だな。行くぞ」

「え?」

「それじゃ、お先」


 トクメの言葉にシスとムメイはさっさと宿から出て行き、予想外の事に固まっていたイリス達もムメイに促され戸惑いながらも出て行く。


「ちょいと待ちな! あんたここに泊まりたいんじゃなかったのかい!? そのダイヤを寄越せば奴隷でも泊めてやるって言ったじゃないか!!」


 最後に出て行こうとしたトクメに宿の主人が鼻息荒く引き止めた。


「断ると言っただろう。私はどれぐらい積めば泊める気になるか聞いただけで、ここに泊まるとは言っていない」

「〜〜っ! 言っておくけどね! 奴隷なんかを泊める宿屋は何処にも無いからね!! せっかくあたしは泊めてやろうとしたのに!!」

「好意のつもりか? 笑えんな。交渉は決裂したんだ、これ以上ここに留まる理由はない」


 話を適当に終わらせ宿から出て行った直後、手に入る予定だったダイヤを逃した悔しさで叫ぶ宿の主人の大きな声が聞こえた。


「元々泊まるつもりなんて無かったくせに」


 次の宿屋へ向けて歩く途中、どこか笑いを含んでいるような声でムメイが話しかけた。


「部屋の質はいいみたいだがあの店主の態度が気に食わん。ムメイが奴隷ではないと見抜けんような者に金品を払う価値はない」


 トクメは器用に片手で本をめくりながら答えている。

 宿泊を拒否された、というよりムメイを奴隷扱いした時点で泊まる気はなく、宝石で注意をそらして相手の過去を引き出していたらしい。


「それにしても、あんな大きな宝石は初めて見ました。しかも大量に」

「トクメは集めるのが大好きだから……」

「そういえばお前、金は持たない主義だと言っていたが前は集めていただろう。何故今回は一切持たないなんて決めたんだ」

「前回夢中になって集めていたら全て揃えてしまい、世界の経済が止まったからだ」


 とんでもない過去の発言にイリス達の動きも止まった。


「アレは狙ってやったわけじゃなかったのね……」

「全ての通貨に製造番号や年数が記されているとついな。しかし私とて反省はする。二度と同じ過ちを繰り返さない為にも今後金だけは集めない事にした」

「……そうか。ちなみにその集めた金はどうした?」

「新たな貨幣が造られ世界が落ち着き始めた頃に全てムメイに渡した。宝石以上の価値がついている貴重品だ」

「押し付けたの間違いでしょ。まあ私の自空間にいる住民達の通貨に使わせてもらっているから問題ないけど」

「え……?」


 人や精霊など、魔物以外の種族は自分の魔力に応じた大きさの自空間を持ちそこに自由に道具や食料を詰め込む事が出来る。

 魔力だけは膨大にあるムメイはそれはもう広大な自空間を持っていた。


「どれだけ規格外なのよ」

「文句はあいつに言って。私より遥かに大きい自空間持っているくせに図書館だけ作って本以外全部私の自空間へ勝手に放り込んでいくんだから。世界樹も放り込むから根付いちゃっているし、住民以外に魔物やらも繁殖して完全に新種が誕生したりしているの」


 ムメイの自空間には大陸や海があり、更には多くの魔物や住民が暮らしているあたりもはや別世界と言っても過言ではない。


「本だけではないぞ。管理者も入れているから私の図書館は常に整理され勿論掃除も行き届いているから埃もない。装飾品も揃えているからムメイもきっと気にいる」

「はいはい、じゃあ要らない物は全部私に押し付けているって事で。それより次の宿ってここ?」


 歩きながら話していたせいかいつの間にか目的の宿屋に辿り着いていた。

 今度の主人はムメイの身分に気づかなかったからか元々優しかったのか、小さなサファイア一つで快く泊めてくれた。


 しかも一泊では貰い過ぎるからとイリス達含めて六名全員を三日間泊めてくれる好待遇。


 しかし部屋に余裕はなかったので大きめの部屋を一つで男女に別れる事になったが特に問題はなかった。女性陣は。


 金を持っていないシスはトクメの金で泊まるのを嫌がり野宿しようとしたが主人の強い勧めで同じ部屋に泊まる事になり、ウィルフも当然同室。

 宿の主人の優しさがただただ辛かった。 


「くっ、胃が痛い……」

「普段なら何もしてなくても何か仕掛けてくるくせに……こうなる事を分かってあえて何も言ってこないのか……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る