第63話 heavenly ②
その笑顔を見た瞬間、自分の中で欠けていたピースがカチッとはまった気がした。
僕に、僕たちに足りなかったのは、ヒオだ。
僕たちはもうすでに、誰一人として欠けてはいけないピースとなっていたのだ。
はにかむヒオの手をとって、リビングへと誘う。
「なんか、いい匂いがする」
さすがヒオ、調子が戻って来た途端、食べ物に敏感になっている。
「ヒオといっぱい食べようと思って、祐介くんと作ったんだよ」
「そうなんだ。うれしいな」
「おなかすいたなら、早速ごはんにしようか?」
「うん」
ケーキはあとのお楽しみとして、まずはお昼ごはんにとりかかる。
ヒオのリクエストはラーメン。
なかなか病院では食べられない味のようで、すごく熱望されていた。
なかなか本物のラーメン屋さんのようには作れないけれど、見よう見まねで作ってみた。
「うん、うまそう」
麺にたっぷりの野菜、そして先程まで圧力鍋で煮えていたチャーシューを載せる。
「おお、すごいな」
「もう店出せるんじゃないか?」
則正さんや幸也さんもそんなことを言って褒めてくれる。
でも、それより何よりヒオに喜んでほしい。それだけだ。
「では、いただきます!」
「いただきます!」
皆ではふはふしながらラーメンをすする。
うん、我ながら良く出来てる。
「…うめぇ」
感に堪えないようにヒオが言う。
よかった、気に入ってくれたみたいだ。
しばらくはズルズルと麺をすする音だけがダイニングに響いていた。
「ああ、ごちそうさま」
「うまかった~」
「さすがカイだな、ラーメンまで作れるようになるとは」
口々に言われて、少し照れてしまう。
なんとなく視線をさまよわせていると、ヒオと目が合った。
「カイ、これもメニューに入れようぜ」
「え、メニューって…」
「決まってるだろ、オレたちの喫茶店!」
まだ皆に伝えてないのに、とか、喫茶店でラーメン?とか、いろいろ思うことはたくさんあったけれど、何よりヒオが本気で一緒にやろうとしてくれていることが伝わって、僕の涙腺は崩壊してしまって。
「おいおい、泣くなよ」
「ていうか、オレたちの喫茶店って?」
あわあわしているヒオに、皆が問いかける。
「オレとカイ、将来喫茶店やろうって言ってるんだ」
結局僕たちの計画はヒオが皆に全部話してくれた。
「もちろん、デザート部門はオレに任せてくれるよな?」
「じゃあ俺はレジとか経営の方に回ろうかな」
「配達もしていいか?」
当然のように皆が一緒にやろうとしてくれるのが嬉しくて、もうどうしても涙が止まらない。
こんなにも、僕たちは素晴らしい場所を見つけたんだ。家族がいて、同じ夢を持って、皆で笑えて。僕たちの天国は、やっぱりここなんだ。
「ほら、いい加減泣き止めよ」
ヒオが僕の頭を優しく撫でてくれる。
こんなところで急にアニキを出してくるんだから、ヒオはズルいと思う。
「…ヒオ」
ぐずぐずの声でヒオを呼ぶ。
「なんだ?」
「…お帰りなさい」
心から言いたかった言葉。どうしても、どうしても伝えたかった言葉。
「…ただいま」
少し照れたようなヒオの声。その目には涙が浮かんでいて。
「お前ら、本当に頑張ったな」
「よく帰ってきた」
「この日をずっと待っていたんだ」
皆が口々に言って撫で回してくる。
その手が温かくて、優しくて、もうどうしたってこの天国みたいな場所を手放すことなんてできないんだ、と改めて心に誓った。
「よし、そろそろ落ち着いたかな」
やっとのことで涙も止まりしばらくたった頃に、祐介くんが席を立った。
きっと、ケーキの登場だ。僕も手伝うために席を立つ。
柔らかな生クリームと鮮やかなフルーツで彩られたケーキは本当にキレイで、いくらでも見ていられそうだ。
「お祝いと言えばやっぱりケーキだろ?」
そう言いながら置かれたケーキに、ヒオは目を丸くしている。
「これ、祐介が?」
「カイにも手伝ってもらって、一から作ったよ」
そう言いながら手早くロウソクを立てる。
「ヒオ、僕たちのところに帰って来てくれてありがとう!」
輝くロウソクの火が、僕たちの顔を照らす。
満ち足りた表情の僕たちは、今この世界で一番幸せな子どもたちだ。
「ありがとう」
「さあ、吹き消して!」
皆に促され、ヒオはロウソクを吹き消した。
それを見ながら、きっと夢は叶う、となぜか僕は根拠もなく確信したのだった。
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