第56話 感情の色②
皆の休みが揃った日曜日、僕たちは再びお弁当を持ってヒオの病室に出かけた。
この前揃ったのは、ヒオが目覚めたあの日。
あの日は、ヒオの覚醒という劇的な出来事にじっくりお弁当を食べるどころではなく、さらに僕たちも激しい喜びと同時に後遺症などへの懸念から検査中ずっと不安を感じていたこともあり、なんだかひどく疲れたことを覚えている。とにかく、当初のピクニック気分はどこへやら、バタバタと時間が過ぎて行ってしまった感覚だった。
今日はそのリベンジ、というわけではないけれど、あの日にも負けずとも劣らないものを作れた自信がある。
ヒオにもたくさん食べてもらいたいから、大好物を用意して。
ヒオの言う「話したいこと」がなんなのか、気にならないわけではない。皆どこかソワソワしているのはきっと、そのせいだろうと思う。
それでも、やっぱり僕たちはヒオのことを全て受け止めたいから、出来るだけいつものこの家の雰囲気のような空間を作り出せるよう出来ることは全部するつもりだ。
「失礼しまーす」
ノックとほぼ同時に扉を開く。
「いらっしゃい」
ベッドの上で微笑むヒオ。しっかりと目が合うことが嬉しい。
「皆で来たぞー」
「お弁当、いっぱい作ったからな!」
幸也さんと祐介くんも嬉しそうだ。
「この辺ちょっと片付けるぞ」
一番長くこの部屋にいた則正さんは、手早く食卓周りを整えはじめる。
「ごはん、楽しみだな~」
無邪気にそう言うヒオに、ほんの少し強ばっていた気持ちが一気にほぐれた気がして、
「任せといて!自信作だよ」
なんて強気に言ってみるのだった。
「では、いただきます!」
「いただきます!」
皆でこうして食卓を囲むのなんて、本当に久しぶりだ。まるで夢みたいだ、なんて思う。
「この唐揚げうまっ!」
ヒオが驚いたように叫ぶ。
「当然!ヒオが喜ぶように、てカイがめちゃくちゃ研究したんだぞ」
「うわー、カイさんきゅ!おまえいい奥さんになるわ」
「なんで奥さん??」
褒められて照れた僕は反撃に出ることにした。
「ほら、これは祐介くんが作った卵焼きだよ」
「え、祐介、卵焼き作れるの?」
「ヒオに食べさせるために、すっごく練習したんだよね」
「そうそう、しばらく焦げたた卵焼きが連続でごはんに出た」
「でもその甲斐あって、すごくおいしい卵焼きが作れるようになったんだよなー」
「うるさいっ!」
皆からの集中攻撃に合った祐介くんは拗ねてしまっている。
「いや、でもこれもほんとうまい。ありがとな、祐介」
「別に、大したことしてねーし」
そんなこと言いながら、祐介くんの口許は緩んでいる。
今の僕たちの感情は、虹色だろうか。
それぞれの思いが様々な色となり、ひとつに寄り添っている。
それなのに、決して騒々しくなく絶妙なバランスを保った、キレイな虹色。
笑顔で話す皆の顔が、キラキラ輝いて見える。これが、僕が一番望んでいた景色なのかもしれない。
「あー、もう食えねぇ…」
目覚めてからずっと食が細くなっていたはずのヒオが、これまでと変わらないほどたくさん食べてくれて、苦しくなったのか唸っている。
「ヒオ、たくさん食べられたな」
則正さんは目を細めている。
久しぶりにたくさん食べてくれて、安心したのだろう。
「オレも、まじで腹一杯…」
負けじと食べていた祐介くんもギブアップのようだ。
「残った分は、持って帰るよ。明日にでも食べればいいし」
かく言う僕も、お腹いっぱいだ。
この雰囲気につられ、食べすぎてしまったみたいだ。
「オレさ、」
ベッドに寝転んだヒオが話し始める。
「やっぱり好きなんだよなー、この家」
天井を見つめながら話すヒオの表情は、こちらからはハッキリと見えない。
「ぜんっぜん真っ暗でさー、なんにも見えなくて。それでもどうしても帰りたくて、ずっとずっと歩いてたんだよなー」
それは、ヒオが眠っていたときのことだろうか。
誰も何も口を挟まずにヒオの言葉を待っている。
「オレ、たぶんここに帰ってきたかった。帰ったらまたあの男に会うかもしれなくて、怖くて怖くて本当に逃げたかったけど、どうしても帰ってきたかったんだ」
ヒオが僕たちの方を見る。
「オレ、全部思い出したんだ。ここに来る前のこと、あの日、あの男に会ったこと」
これが、ヒオが僕たち皆を呼び出した理由だったのだ。
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