第54話 本当の夜明け⑤

ヒオが入院してから3週間がたった。


来る日も来る日も眠り続けるヒオに、僕たちもある程度慣れていった。

もちろん早く目覚めてほしいという気持ちは変わらずある。それでも、いい意味で力が抜けたというか、どんな状態のヒオでも受け入れられる覚悟ができた、というのが近いだろうか。

とにかく、僕たちは変わらずに僕たちだった。

そう思わせてくれたのは、看護師の光山さんの影響が大きい。

僕たち自身は決して無理をしていたつもりはないのだけれど、どこかで張りつめてしまっていたのだろう。

光山さんと話してから、意識的に肩の力を抜き、深呼吸することを覚えた。それぞれが無理のない範囲をしっかりと見極め、冷静に自分と向き合ってきたのだ。


「なあ、明日皆休みだろ?」  

夜、明日焼くクッキーの下準備をしながら祐介くんが言った。    

幸也さんも祐介くんもシフト制のバイトなので、休みが揃うなんてことは珍しい。

それがたまたま明日だったのだ。

「久しぶりに休みが揃うな」

洗濯物をたたみながら幸也さんも言う。

「珍しいですよね、ほんと」

食器洗い中の僕も会話に参戦した。

「それで、ちょっと考えたんだけど」

僕たちの様子を伺うかのようにこちらを見る。

「せっかくだから明日さあ、ヒオの部屋で皆で昼ご飯食べない?」

「いいね、それ!」

考えただけでわくわくする。久しぶりの5人そろってのごはん。

「楽しそうだな。でも病院側にも許可とったほうがいいかな。則正さんに、頼んでみようか」

きっとまだ病室にいるだろう則正さんに、幸也さんがラインを送ってくれた。

「お、返事きた!」

すぐに送られてきたのは、病院からOKをもらった旨と、喜びのスタンプだった。

「やったー!」

「早速メニュー考えます!」

久しぶりに心が弾むイベントだ。たくさんおかずも作って、おにぎりもバリエーションを増やそう。僕は様々にシミュレーションするのだった。




「こんにちは~」

ぞろぞろ入ってきた僕たちに、則正さんが笑顔を向ける。

「いらっしゃい。待ってたよ」

ヒオはいつも通りすやすや眠っているけれど、病室はみんなでお弁当を囲めるよう、昨日よりも整頓されていた。

今日のお昼ご飯のために、則正さんが片付けてくれたのだろう。

「お弁当、ここに置きますね」

「じゃあ手洗って、早速広げるか」

「今日は特にカイが気合いれてたからな」

わいわい言いながら、皆で準備する。

お弁当箱の蓋をあけるたびに、おいしそうな匂いが広がる。おなかの虫がきゅぅと鳴きそうだ。

「うわー、こんなにたくさん作ってくれたんだな」

則正さんがお弁当を見て驚きの声を上げる。

そうなのだ、あれやこれやと考えるうちにどれも捨てきれなくなって、たくさんおかずを作ってしまった。

「ほら、このミートボールもカイの手作りなんだ」

「すごいなあ、本当においしそうだ」

「おにぎりは皆で握ったんです」

「うわぁ、おにぎりもたくさんあるなぁ」

うれしそうな則正さんを見て、皆うれしそうだ。

朝早くから三人で頑張ったかいがあった。

「それじゃあ、いただきます!」

「いただきます!」

手を合わせてから、それぞれ好きなおかずをつまむ。

「うまっ!」

「これごはんに良く合うな」

「ヒオー、お前の好きなからあげだぞ。いいだろう」

あれやこれや話しながら、どんどん食べていく。


ああ、これだ。これが僕たちの空間なんだ。


おにぎりを食べながら、僕はしみじみと感じていた。

こんな風ににぎやかにごはんを食べて、皆がみんな笑っていて。

いいなあ、と思う。

いつまでもこうありたいと、切に思う。

この場所は、何にも代えがたい宝物なんだ。

なあ、ヒオ。ヒオもそう思うだろ?


何気なく、眠るヒオのほうを見た。

清潔なベッドで、微動だにせず静かに眠るヒオ。

ヒオもこの輪の中にいればいいのに、そう強く思ったとき。

「えっ!?」

「どうした?」

思わず声を上げた僕に皆の目が集中する。

「ヒオが!」

ヒオのベッドへと駆け寄る。

これまでまったく動かなかった長いまつげがふるふると揺れている。

「ヒオ!」

「おい、ヒオ!帰ってこい!」

皆で呼びかけ続ける。ひょっとしたら、この声が。

「ヒオ!」

「ここにいるよ!」

「戻ってこい!」

声が届いたようにゆっくりゆっくりその瞼は開き、大きく印象的な目が覗く。

久しぶりに見たヒオの目は、日差しの光を受けてキラキラと輝いていた。

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