第52話 本当の夜明け③
病院から帰った僕は、この家に来てから書きためていたレシピノートをひっくり返していた。
失敗したもの、成功したもの、一回で作らなくなったもの、定番メニューとなったもの。ここには僕が料理やお菓子作りと向き合ってきた全ての歴史が眠っていた。
「あれ、カイここにいたんだ」
一足先に帰っていたらしい祐介くんが、謎の行動をとっている僕を不思議そうに眺める。
「こんなとこで何してんの?」
たくさんのノートに囲まれながら、僕は答える。
「ヒオを、取り戻す作戦!」
「は?」
祐介くんは、さらに謎を深めたようだった。
でも今は、説明する時間さえ惜しい。
必死にノートをめくる。
これは砂糖の量が難しかったなぁ。
あの時はたしか、少し唐辛子を入れすぎたんだった。
数々の思い出が甦る。
記憶力はいい方ではなかったはずなのに、そのときの情景や味、匂いなどがするすると思い出された。
「お、懐かしいなぁ」
そう言って祐介くんが手にしたのが、いつか二人で作ったクッキーのレシピだった。
「あのときは、なんか無茶苦茶にやってたような気がしたけど、すごく楽しかったよな」
そう、ここには、僕だけじゃない。皆との歴史も刻まれているんだ。
それなら。
「ねえ、祐介くん」
「ん?」
「祐介くんも、手伝ってくれる?」
「へ??」
何も分からずキョトンとする祐介くんをほったらかして、僕は様々な作戦を練るのだった。
そして、次の日。
「なあ、本当に大丈夫なのか?」
朝からずっと祐介くんは不安そうに問いかけてくる。
「大丈夫だよ、ちゃんと許可は取ってきたから」
僕はいつになく堂々と答える。
普段はなかなか自分のことには自信が持てないタイプなのに、今回だけはなぜか自信があるのだ。
これをすればきっと、ヒオは帰ってくる、と。
「こんにちはー」
祐介くんと二人で連れだってきたのは、ヒオの病室だ。
日課のお弁当と、作戦を持って。
「二人とも、よく来たな」
ベッドサイドで本を読んでいたらしい則正さんが、にこにこと出迎えてくれる。
「ヒオ、どう?」
「相変わらずだなぁ。まあ、よく眠ってるよ」
二人でベッドを覗き込むと、すやすや眠るヒオがいた。
「ほんと、よく寝るな」
呆れたように言う祐介くん。
それでも、そっと頬に触れる手は優しい。
「でも、いい表情してるだろ?最初の頃の苦しそうな顔じゃないから、ちょっとほっとしてるんだ」
初めからずっと付き添っている則正さんの言葉だからこそ、その思いが伝わってくる。
そうなんだ、ヒオが苦しんでいないならそれでいい。
でも、ちょっとだけわがままを言いたくて。
僕が、僕たちがヒオにちゃんと会いたいから、なんとかこちらへ引き戻そうとしているのだ。
「あ、これ、お弁当です」
「いつもありがとうな」
則正さんに渡したのは、生姜焼のお弁当とポットのお味噌汁。
そして。
「はい、これ、ヒオの分だよ」
ベッドの上に設置されたテーブルに、もう一つのお弁当箱を置く。
メニューはヒオが大好きだと言ってくれたものを選んだ。
則正さんのお弁当と同じようにあたたかく、いい匂いがしている。
僕の作戦は、「ごはんで釣る」というものだ。
食いしん坊で、僕の作るごはんを愛してくれていたヒオなら、うっかり食べたくなって起きてくるかもしれない。
そんな単純な作戦だけれど、僕は大真面目に取り組んでいる。
ひとり分くらい増えても負担にはならないし、これでヒオが目覚めなかったとしても、残ったお弁当くらい夜ご飯の足しにしてしまえばそれでいいのだ。
何より、目覚めて一番に、ヒオの大好きなものに触れさせてあげたいのだ。
「うまいよ。なぁ、ヒオ」
則正さんは合間に話しかけながら食べてくれている。
「あとは、これを作ってきたんです」
祐介くんが取り出したのは、シンプルな型抜きクッキー。
「オレとカイが初めて作った、思い出のお菓子だからな」
クッキーは、わざわざキレイにラッピングした。
頑張ったヒオへの、僕たちからのプレゼントだ。
「また、二人で作ったのか?」
「はい。祐介くん、休みだったから手伝ってもらいました」
「カイって結構強引なんだよな~」
少し恥ずかしそうに言う祐介くん。
「すごく上達したな」
則正さんに頭を撫でられ、まんざらでもなさそうだ。
「ヒオ、いっぱいごはんもお菓子も作って待ってるから」
だから、思いっきり休んだら、早く帰ってくるんだよ。
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