第50話 本当の夜明け①
あの夜から一週間がたった。
いまだヒオは眠り続けていて、僕たちは皆でヒオの目覚めを待っている。
肺炎はもう治癒に近い状態にまで落ち着いたため、今日精神科の方に移されるらしい。
「なんだかんだで、川上さんも甘いよなー」
祐介くんがおかしそうに言う。
「目が覚めたときに知らない人の中にいたら可哀想だから、とかなんとか言って、個室を押さえたらしいよ」
なんというか、川上さんらしい。
不器用そうでいて、僕たちに対しては細やかな配慮を欠かさない。
でも確かに、不安定な状態のヒオを全然知らない人たちの中に放り込むのは可哀想すぎると僕も思う。
それにしても個室代も馬鹿にならないだろうに、そのへんは僕たちに一切何も言わないのだから、やっぱり大人というのはすごい。
「それを言うなら則正さんもでしょ」
幸也さんが割って入る。
「結局ずっと付き添うつもりなんだよ、あの人」
則正さんは、派遣の契約がちょうど切れたのをいいことに、今回は更新せずヒオに付き添うことを選んだ。
しばらくの家計は貯金でなんとかするから、と頭を下げた則正さんを止める人間なんて、ここにはいない。
「それにしても、則正さん大丈夫なんでしょうか。一日病院にいたら疲れるだろうし」
僕はヒオが心配なのはもちろん、則正さんが倒れてしまわないか心配で仕方ない。
夜は泊まり込むことができないため、則正さんもこの家で過ごしてはいるけれど、朝早くから日中ずっと病院なんて気が滅入る場所にいるなんてどう考えても大変だ。
せめてお昼ごはんだけでもゆっくりしてほしいと、あたたかいお弁当や野菜スープなどを届けるのが、最近の僕の役割になっている。
「ま、大丈夫だろ。カイのお弁当もあるし、今日は午後から俺が交代するし」
かく言う幸也さんも、なんとかシフトのやりくりをして則正さんを助けている。
「明日はオレが代わるんで」
祐介くんも、なんとかバイトの休みをもぎ取ったようだ。
「さんきゅ、助かる」
「すみません、僕だけ何もできなくて…」
こんな会話を聞いていると、何もできない自分がもどかしい。
18才未満の僕には付き添いは許されないし、ほんの少しヒオの顔を見に行くだけしかできないのが現状だ。
「そんなことない。カイ、何もできてないなんて言うな」
幸也さんが厳しい声で遮る。
「そうだぞ、カイはみんなの分の家事を引き受けてくれてるし、お昼ごはんを届けるっていう則正さんにとっては生命線の任務を担ってるんだからな。大切な役割だぞ」
祐介くんもそんなことを言って甘やかすから、僕は黙るしかなくて。
「できることを精一杯、今の俺たちのテーマだからな」
くしゃくしゃと頭を撫でる手に、そっと頷いた。
あの夜、僕が暴走しかけた夜。
家に帰って散々話して泣いて、それから皆で決めた。
皆が皆、ヒオの笑顔のためにできることを精一杯やる。
単純かもしれないこの結論は、それでもこの家にかかわる皆が真剣に悩み、語り合い、決めたことだ。
「笑顔のため」という部分は、きっと僕の暴走に対しての抑止力だろう。
僕だけじゃなく、皆ヒオの父親に対して殺意に近いものを抱いた。でも、行動には移さなかった。
それはやっぱり、ヒオが笑顔になれるためなのだろう。
もしあのまま、僕が僕の感情のままに動きヒオの父親を手にかけていたら、きっとヒオはいつまでも、笑ってくれなかっただろうと思うから。
「外に出られるようになったって知ったら、きっとヒオ喜ぶよ」
祐介くんがニコニコと言う。
「きっかけだけは言えないけどな」
幸也さんがいじってくる。
「もちろん、言いませんよ」
笑顔どころか青ざめて固まるヒオの様子が思い浮かぶ。
「でも、早くヒオと外に行きたいです」
「そうだな」
「きっと、もうすぐできるよ」
そうなればいい。
皆でお弁当でも持って、海に出かけるんだ。
キラキラ光る海を見てはしゃぐ祐介くんとヒオ、少し怖がってる僕の手を取って歩いてくれる幸也さん、後ろから皆を見守る則正さん。
そんな近い未来のため、僕は僕にできる精一杯のことを。
「よし、今日も頑張るぞ!」
「いってらっしゃい」
今日のまた、新しい一日が始まる。
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