第48話 天国と地獄⑥


「なあ、流れ星を見つけたら3回願い事を唱える、て知ってるか?」

「知らない。なんで?」

「そうしたら、願い事が叶うんだってさ」

そう言ったヒオの顔がとても優しくて、それなのにどこか寂しげだったことを覚えている。

もうかなり前のことだ。

何気ない会話をしていたときのこと。

「いつか、一緒に見に行きたいな、流れ星」

「うん、連れていってね!」

まだ外のことなんて考えるだけでも恐ろしかった頃のことだ。

考えてみれば、海といい流れ星といい、僕とヒオは叶うかどうかも分からない約束をよくしていたような気がする。

そんなささやかな約束を交わしたとき、ヒオは、一体何を願おうとしていたのだろう?


今日はよく晴れた夜だ。

月はそんなに大きくなくて、星がたくさん見える。

静かに過ぎていく夜の中、僕は一人立っている。一つの決意を抱いて。

ヒオの言う「流れ星」も、こんな夜なら見えるかもしれない。

「一緒に見られなくてごめん」

窓から空を見ながらなんとなく謝ってみる。

もし今日流れ星が見えたら、きっと僕一人だけで見てしまうことになるから。

約束を破った、とヒオは怒るだろうか。

それでも、いつかヒオと共に流れ星を見るために。

僕は気合いを入れて靴を履いた。


前にヒオと喧嘩して、無理矢理にでも外に出ようと試みたことを思い出す。

あの時は結局、外への恐怖のあまり過呼吸を起こしてぶっ倒れたのだった。

それでも。

「あの時の僕とは違う」

敢えて声を出して言ってみる。

そう、違うのだ。ただ外に「出たかった」僕と「出なければならない」今の僕。

ここで倒れるわけにはいかないのだ。

おかしなことに、どちらもきっかけはヒオなんだな。

そう思うとなぜか少し緊張がほぐれて、僕はほんの少しだけ笑った。

「よしっ」

気合いを入れて玄関のドアを開ける。

ガチャリと重い音。これが外に出る音なんだ。

もう一度深呼吸して、僕は一歩を踏み出した。


頬を撫でる風を感じる。

ベランダに出たときとは違う、全身で感じる風だ。

緊張で少し震える足を叱咤して、一歩ずつ道を踏みしめる。

これが、外か。

夜中だけあって、道には誰もいない。

生き物の気配を全く感じないこの場所がなんだか不思議で、僕だけがこの夜の中の異分子のように感じた。


遠くから車の走る音がして、この道が街中へとつながっているのを感じる。

とにかく、街の方へ。

さっきの用紙に記載してあった住所はパソコンで調べた。

寂しさとか恐怖とか、そういうものはすべて飲み込んで、頭に叩き込んだ道を必死にたどる。


次の角を左へ。そう思ったとき。

「カイ!」

後ろから聞こえた声にビクッと体が跳ねた。

振り返るとそこには皆の姿。

「なんで…?」

家を出たとき、皆は寝静まっていたはず。

最低限の音しか立てないように気を遣って、それは成功していたはずなのに。


「悪いな、過去のあれこれから、気配には敏感なもんでな」

一番後ろから現れた川上さんにがっちり腕を取られる。

「…ダメです。僕、帰れません」

必死の抵抗を試みる。それでも全く放してくれなくて、それどころかさらに腕に力を込めてくる。

「どこへ行こうとしてた?」

「言えません」

「あんなに怖かった外に、どうして今出ようとした?」

「言えません」

頑として口を開かない僕に、川上さんがため息をつく。

申し訳ないとは思うけれど、これだけは譲れない。譲る気もない。


それなのに。


祐介くんが、川上さんに掴まれているのと反対の手を取ってくる。

「カイ、家に、帰ろう?」

少し潤んだ目、掠れた声。

祐介くんはずるい。

僕がこんな哀しそうな祐介くんの言うことを聞かないわけがないのに。

「…」

無言で頷いて、僕は来た道を引き返す。

ぐいぐいと手を引っ張る川上さん、手を繋ぐ祐介くん、そして、それを後ろから見守っている則正さんと幸也さん。


この中で、ヒオだけが足りなかった。

そのことが僕にはどうしようもなく哀しかったのだ。


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