第45話 天国と地獄③
病院に運ばれたヒオは、雨に濡れたことが原因で肺炎を起こしていると診断されたらしい。
しばらくは入院が必要だとされ、川上さんが慌てて荷物を取りに帰ってきたのが朝の7時すぎ。
僕たちは皆、ヒオについている則正さんも含め、仕事や学校はお休みすることにして、相変わらずリビングで固まっていた。
「今は酸素マスクもつけてるから重病みたいだけど、点滴が効いているみたいで、だいぶ穏やかそうだぞ」
川上さんの言葉で、皆の中に漂っていた妙な緊張感が少し和らいだ気がする。
僕たちは、何よりヒオに苦しんでほしくないのだ。
穏やかに眠れるのなら、そしてそれがヒオの回復に繋がるのなら、病院に連れていってよかった。
「アイツが元気になったとき、お前らが体調でも崩してたら悲しむぞ」
川上さんの忠告も当然だ。
昨日の夜から、食事も睡眠もとれないまま今に至る。
これでこちらが体を壊しでもしたら、目も当てられないことになる。
「俺は一度病院に戻るから、お前ら飯と睡眠、ちゃんととっとけよ」
川上さんはそれだけ言い残して、嵐のように去っていった。
則正さんの方は川上さんがなんとかしてくれるだろうから、僕たちは僕たちのできることを。
「昨日の晩ごはん、温め直しますね」
「さんきゅ。食べたら皆、ちょっと寝よう」
それぞれが動き出して、いつもの朝が戻ってくる。
ヒオのいない寂しさはなんとかごまかしながら、朝食をとる。あのヒオなら、きっとすぐに元気になって戻ってくるから大丈夫。そう言い聞かせながら。
ごはんを食べて、少し寝て。
僕たちは家事をこなしながら、川上さんと則正さんを待つ。
それでも、ある程度の時間が経ってもなかなか帰ってこない二人に心配は募る。
手続きや診察などがあるとしても、もうそろそろ帰ってきてもいい頃だと思うのだが。
幸也さんも祐介くんも、次第にそわそわし始めているのがわかる。
「ヒオ、やっぱり良くないのかな…」
ものすごく不安げな声に顔を上げると、半泣きの状態の祐介くんの姿が目に入った。
祐介くんは、皆が体調を崩したりするとものすごく動揺してしまうのだ。
「祐介、カイ、こっちにおいで」
そんな様子を見て、幸也さんが僕たちを手招きする。
言われるがまま近づいた僕たちを、幸也さんはまとめて抱き締めてくれた。
「大丈夫大丈夫。心配だよな。でも、俺たちにできるのは信じて待つことだけだから」
幸也さんの声を聞いていたら、ほんの少し落ち着いてきた。信じて待つ。そうだ、僕たちにはそれしかできない。
明日から必要になるだろうヒオのパジャマとかタオルとか、歯ブラシとかマグカップとか。様々な準備をして二人を待つ。
そして夕方になったころ、待ちわびていた二人が帰ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
僕たちは慌てて出ていった。
「ヒオは?どんな様子ですか?」
どことなく疲れて見える二人の表情に、緊張感が増す。
ヒオに何かあったんだろうか。
「ああ、大丈夫だ。心配かけたな」
笑顔に翳りが見える。
とりあえず二人をダイニングのテーブルにつかせ、お茶をいれる。
「二人ともお疲れ様でした。で、どうなんですか?」
やはり何かを察したのだろう、幸也さんが尋ねる。
「朝も連絡した通り、ヒオは雨のせいで肺炎を起こしているそうだ。朝は熱も高くて苦しそうだったが、今は薬が効いて38℃くらいまで熱が下がった。全体的に状態はそこまで悪いものじゃないらしくて、明日にでも酸素マスクは取れるようだ」
淡々とされる説明。
そこまで酷い状態ではないと聞いてほっとした。それなのに二人の表情が晴れないのはなぜだろう。
「ただ、一つ問題がある」
川上さんが僕たち皆の顔を見渡す。
空気が一気に緊張する。一体何が起こっているのだろう。
「…ヒオが、目を覚まさない」
時が止まった気がした。
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