第32話 道の先には④
「ヒオ」
また眠れなかったのだろうヒオをベランダで見つけて呼び掛けた。
「…なんだ、カイもまた寝られなかったのか?」
「まあね」
なんとかヒオと二人で話したくて、夜中に目覚ましをかけていたのは秘密だ。
「風が気持ちいいね」
「そうだな」
ヒオはまた遠い目をしていた。
「ねえ、ヒオは、明日何食べたい?」
「え?明日か…オムライスとか?」
突然の問いかけにも、やっぱりヒオは答えてくれる。
「いいねぇ、オムライス。僕、玉子をかけるのうまくないんだけど、頑張って作ってみるよ」
「ありがとな」
「ううん、だって、これは僕の夢なんだ」
「…夢?」
「そう。みんなに僕の作ったごはんをおいしく食べてもらいたい、それが僕の夢」
ヒオは無言で僕を見つめている。
「このまえ、ヒオと話して考えたんだ。今だけでいっぱいいっぱいの、僕の夢」
ヒオと話して、則正さんの話を聞いて、僕は僕なりに考えてみた。
将来、と言われたら違うのかもしれないけれど、紛れもない僕の夢。
「どう考えても、この家でこの皆と楽しく暮らしたい、それしか思い浮かばなかったんだ」
考える先には必ず皆の笑顔があった。
皆で笑顔でいられることが、僕の未来には絶対に必要なことだった。
「暗くて重苦しかった家を出て、こんな明るくて優しい場所に来られた。それって僕にとって奇跡みたいなものなんだ」
きっとヒオも、ほかの皆もそうなのだと思う。だからこそ則正さんは、ここを守ることを将来の夢とした。
則正さんみたいにお金を稼ぐなんてこと、今の僕にはまったく想像もできないけれど、則正さんとは違う形でこの家を守りたい。
「だから、僕は僕にできる方法で、この家を守りたいんだ」
ヒオの、どこか張り詰めていた表情が少し緩む。
うまく言えないけれど、なんとか伝わればいい。ヒオに大切にしてほしい気持ちとか、思いとか、そういうこと。
そんな僕の拙い思いが少しでも伝わったのだろうか。
「そっか、夢か…」
「うん。夢だね」
柔らかな風が僕たちの間に吹いてくる。
「…オレ、難しく考えすぎてたのかな。将来の話って言われても、今だけで頭の中はパンパンで。やっと温かい場所に来られたのに、先のことすら考えられなくて、オレってなんてダメな奴なんだろう、とか思って」
話し始めたヒオは、静かな目をしていた。
「則正さんとか幸也さんとかは、オレたちのことも考えて、先のことも見据えて。祐介はしっかりやりたいことのために学校も行ってバイトもして。オレはなんて小さい奴なんだろう、そんな奴が、みんなの足を引っ張るだけの奴がこの家にいてもいいのか、なんて考えて」
やはり、ヒオは深く考えすぎていたようだ。
この家を大事に思うあまり、自分の存在価値を見失って。
「それでも、ここにいたいんだよな。離れたくないんだよ」
苦しくなって、咄嗟にヒオを抱き締めた。
僕より背の高い、それでも僕よりも細い体。
この体に、どれだけの思いを背負っていたんだろう。
「ヒオ、ここにいてよ。将来とか、夢とか、そんなことより僕はヒオがいいよ」
ヒオがここにいてくれること。
それこそが僕の夢。
皆が皆でいること。それでいい。
「…ありがとな」
ヒオは僕の肩に顔をうずめて、抱き締め返してくれた。あったかい。
ヒオだから、皆だからあったかい。
「…オレ、三者面談行ってみるよ。うまく言えるか分からないけど、則正さんがいてくれるなら、たぶんどうにかなるよな」
どこか吹っ切れたようにそんなことを言う。
「そうだよ。ヒオは考えすぎなんだよ」
ちょっと偉そうに言ってみたら、案の定頭をぐしゃぐしゃにされた。
「あーあ、なんか、腹が決まったら眠くなってきた…」
「ここで寝ないでよ!僕の力じゃヒオを運べない!」
今にも眠ってしまいそうなヒオを必死で引っ張って、ベッドに寝かせる。
もうめんどくさいから、僕もこのままここで眠ってしまおう…
次の日、当然のようにまた寝坊した僕は、ヒオが朝から則正さんに三者面談の付き添いを頼んできたと聞いた。
「カイ、いったいどんな魔法を使ったんだ?思ったより早くヒオが開き直ったから、みんなびっくりしてたぞ」
則正さんにいたずらっぽくそう言われたけれど、やっぱり夜中の会話は二人だけの秘密だ。
あまりにも恥ずかしいことをお互い口走ったような気がするけれど、夜中のテンションということにしておこう。僕はこっそりそんなことを思ったのだ。
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