第31話 道の先には③

翌日。

静かに朝起きてきたヒオは何も話すことなく学校へ行ったらしい。

夜中に話し込んでしまったせいか寝坊してしまった僕は、見送ることさえできなかったけれど。


「朝ごはん作れなくてごめんなさい」

焦って起きて謝った僕に、則正さんはやさしく微笑んだ。

「そういう日もあるさ」

そう言って、則正さん特製の大きなおにぎりを差し出す。

ありがたく受け取って、それを無言で食べ始めた。僕たちは皆、このおにぎりが大好きだ。特に具は入っていないのに、パリパリの海苔と塩がきいていておいしい。


食べながら、夜中の会話を思い出す。

解決の糸口を探すべく頭を悩ませていた則正さんたちに、僕はなぜかあの会話のことを伝えることができずにいた。


今回のことは、ヒオが自分の将来を想像することができないということが直接の原因だ。

けれど本当にそれだけなら、いつものヒオはさらっと受け流しているはずなのだ。本来メンドクサイことが嫌いな合理的な人間なので。

きっとヒオは、それだけではない何かを抱えている。

そして、それを見極めるまでは僕が勝手に話すわけにはいかないと思ったのだ。


一体ヒオは、どんなことを考えているんだろう。


無言で食べる僕を気にかけたのか、則正さんが声をかけてくる。

「どうした?調子でも悪いのか?」

「いえ、体調は大丈夫です」

「じゃあヒオのことか?」

さすが、則正さんは鋭い。

「いや、あの……あの、三者面談って、どんなことするんですか?」

ごまかしたみたいな言い方になってしまったけれど、それが気になっていたのも事実だ。

僕には学校生活の経験がないから、皆が当然分かっていることも理解できないことが多い。

「そうか、カイは経験ないものな」

則正さんはそのことに改めて気づいたみたいだ。

「学校には所属するクラスっていうのがあって、そのクラスにいる子たち全員の面倒を見ているのが担任の先生だ」

「…川上さんみたいな?」

「まあ、そんな感じかな。で、生徒たちの成績や生活態度のことなんかを、生徒本人と親とその担任とで話し合う場所、かな」

「それは毎年あるんですか?」

「そうだな、だいたい毎年あるかな。特にヒオは今年で卒業だから、卒業後の進路のことなんかをしっかり話し合う必要があるからな」

やはり、将来のことを考える場、というのがヒオには辛かったみたいだ。


「則正さんは、進路の話、どういう風にしたんですか?」

「俺のときは川上さんが来てくれたな。それで、とにかく働いて収入を得たい、この家を守りたいから、っていうのを話したかな」

「家を、守る…」

「あの頃、というか今もだけど、この家は俺の夢なんだ。家族に恵まれなかった俺たちが、不器用でも一生懸命寄り添って生きて、家族になるってこと」

則正さんの気持ちが痛いほど伝わってくる。

それでも、皆で家族になりたいという気持ちは僕も同じだ。たぶん、幸也さんも祐介くんも、そしてヒオも。

「進路って、そういうことでもいいんですね」

「一般的にはどの大学に進むか、どこに就職するか、そんな話になるんだろうけどな。俺は俺の進む道は、この家を中心にしか考えられなかったからな」

それなら、僕もヒオに言ってあげられることがあるかもしれない。

先々のこととか将来の夢とかそんなことよりも、今ヒオが思っていることを伝えればいいんだ、って。


「ヒオのこと考えてくれてるんだろ。ありがとな」

則正さんが僕に言う。でも、お礼を言われるのもなんだか違う気がして。

「…だって、ヒオは僕のおにいちゃんだから」

少し照れたけれどそう言ったら、則正さんは僕の頭をわしゃわしゃ撫でてきた。

「そうだな。カイは優しい弟だ」

そうだったらいいな。

皆が家族でありたいと願っているから。

僕にとってヒオがいいお兄ちゃんであるように、ヒオにとって僕が、優しい弟になれればいい。

なんとなく、そんなことを思った。



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