第28話 はじまりの話⑤
先生との再会の日から、俺の世界は再び色づき温度を取り戻した。
ただ浪費するだけだった日々は将来への準備の時間となり、見たことのなかった未来予想図を思い描けるようになった。
ここを出たら先生のところで働く、と告げたとき、施設のスタッフたちは皆涙を流して喜んでくれた。
「はじめくんの先行きだけが本当に心配だったのよ」
と施設長に言われたときは、勝手に孤独だと思い込んでいた自分が情けなくなったりもした。
俺は、思っていたよりもずっと、周囲に大切にされてきたんだ。
そのことを受け入れられなかったここ数年を後悔もしたけれど、これから進む先を思うと、この思いはきっとどこかで役立つだろうとも思えた。
俺はこれから、今まで知らず知らずのうちに受けてきた愛情を、新しく出会う辛く苦しい思いをした子どもたちに与えてあげなければならないから。
そんな決意を胸に、先生の施設でスタッフとして無我夢中で働いた。
最初の数年は大学で学びながら仕事をしていたから、忙しい毎日だったけれど充実していた。卒業後はより責任ある立場として現場で子どもたちに向き合ってきた。
そして、20年余りが過ぎた頃。
「先生、俺も、先生とは違う形で子どもたちの居場所を作ってやりたいです」
「川上なら大丈夫。きっとやれるよ」
先生にそう背中を押してもらい、俺は一人立ちすることになった。
先生の施設のような大規模な環境になかなか馴染みにくい子どもたちに、自分達の「家」を作ってあげたくて。
施設しか居場所はないのに、集団生活には適応しにくい子どもというのは一定数いるものだ。
自分自身はなんとか生活してきたが、たくさんの子どもたちがストレスを溜めて苦しんでいる姿もまた現場では見てきたのだ。
少しでも自分らしく暮らせる場を作りたい、そんな気持ちが押さえられなくなっていた。
先生にそんな話をし、施設を辞め一から新たな家を立ち上げる決意をした日のことだ。
「なあ川上さん、俺たちも連れて行ってよ」
則正がそう話しかけてきた。
則正は、長男気質で面倒見がよく、たくさんの子どもたちに慕われていた。
しかし、自分の内にある負の感情を表に出すのは苦手で、溜め込みやすい性質だった。
耳のこともあってか、自分からはほかの子どもたちには近づかない、そんなタイプだった。
その背中に隠れるようにしてこちらを見ていたのが幸也だ。
幸也は穏やかで優しい性格だったが、その内面に激しい怒りを秘めているのを感じていた。まるで昔の俺みたいに。
こちらも則正同様、人からは慕われるが自分からは輪に入らない。心を開いているのは唯一則正だけで、それは則正もそうだった。
「川上さん、辞めるんだろ?じゃあ俺たちも連れていってよ」
そう言った則正の声が、その背中からこちらを見つめる幸也の強いまなざしが、今も頭の中に鮮明に残っている。
それはほとんどひらめきに近い何かだった。
この瞬間、今この手を取らなければ、きっと俺は死ぬまで後悔するんだろうという直感。
そして、往々にしてそういったときの直感は、決して外れることはない。
「おまえらも、一緒に来いよ」
気がつけば、そんな言葉が転がり出ていた。
そのときの二人の瞳の輝きが、今の俺と、この家の原点だ。
「とまあ、こんな感じかな~」
川上さんは緩ーく話をまとめた。
その内容は決して緩いものではなかったけれど、川上さんの人生が僕たちの礎となったのは明らかで。
「あとは、三人で出発しようと思ったら泣きながら祐介がついてきて、先生からの紹介でヒオが来てカイも来て。ドタバタしながら、いい家が出来たと思うよ、我ながら」
やわらかな笑みを浮かべながら話す川上さんを見て、この家にたどり着けた幸運を思った。
哀しい出来事の上に僕たちがあって、それを哀しいでは終わらせないように日々を生きて。
きっと、もっといい家になる。してみせる。
皆がみんなそう決意を新たにした、そんな、はじまりの話。
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