第29話 道の先には①
いつもは誰もいない平日の午後3時。
僕は則正さんと二人でダイニングにいた。
その日の則正さんは、あの職場を辞めてから続けている派遣の仕事が入っているはずだったのに、早退してきたらしい。
「体調でも悪いんですか?」
心配する僕に、則正さんは微笑んだ。
「いや、俺は大丈夫。ヒオの学校でちょっと問題があってな」
学校関係の話は基本的に川上さんか則正さんが担当になっているから、それは納得できたのだが。
「問題…」
ヒオ、学校、問題、と来れば、あまりいい話のような気がしない。
少し身構えてしまったのが伝わったのだろう、則正さんが笑う。
「大丈夫だよ、少し話さないといけないことができただけだから」
何てことないように言うけれど、そういうときに限って大きな問題に繋がっていくから、正直あまり楽観視はできない。
それでも、大丈夫だと言う則正さんを信じないわけにもいかなくて、僕はそっと頷いた。
それから小一時間がたった頃。
「ただいま~」
バイトのなかった祐介くんとヒオが共に帰ってきた。
「おかえりなさい」
「お帰り、二人とも」
出迎えたのが僕だけではなかったから、二人とも驚いているみたいだ。
「どうしたんだよ、則正さん。調子でも悪いのか?」
同じく体調を心配する二人に、なんとなく心があったかくなる。
「いや、大丈夫だ。ちょっとヒオに話があってな」
そう言われたヒオは、少し動揺したように見えた。
「ヒオ、俺の部屋まで来い」
落ち着いた、それでも有無を言わさない強い声。ヒオはしぶしぶ則正さんに着いていった。
「なあ、則正さんとヒオ、どうしたんだ?」
何も事情を知らない祐介くんがあわてているのが分かる。
それでも、僕だって本当のところは何も知らないのだ。
「僕もよく知らないけど、ヒオの学校のことで何かあったみたい」
正直にそう話すと、祐介くんはため息をついた。
「なんか、一筋縄ではいかなそうだな」
全く同意しかない。
則正さんとヒオの話し合いは、幸也さんが帰ってきて、夕飯の支度が整うまで続いていた。
「どんな顔で現れるか、だな」
幸也さんも僕たちと同じで、簡単には終わらないと踏んでいるらしい。
「先に食べちゃいましょうか」
「そうだな」
そんなことを言っているうちに、則正さんが下に降りてきた。
「ヒオは?」
「飯いらないって」
あーあ、と思う。
ヒオがごはんを食べないなんて、やっぱり単純なことではないということだ。
「それで、どうしたんだ?」
食卓を整えながら幸也さんが言う。
「んー…ヒオな、学校の三者面談があるの、隠してたんだ」
「え、なんで?」
「それを聞いてるんだけどな、何も言ってくれなくて」
則正さんは少し寂しそうだ。
「もう卒業だもんな。進路のこととか考えたら、確かに三者面談、あってもおかしくない頃だな」
学校に行っていない僕には分からないけれど、みんなの様子を見ていたら、そういうものなんだと分かる。
「それにしてもなんで隠すんだ?これまで、川上さんか則正さんが行ってたよな?」
「そうなんだよ。今さら本当の親かどうかなんてこと、アイツが気にするわけないと思うんだけど」
「なんか、ややこしいこと考えてそうだよな、ヒオのやつ」
そうなのだ。
ヒオはふてぶてしくて傍若無人だけど、時折とてつもなく深い思考をしているときがある。
あまりにも自己完結しているそれは、確かに「ややこしいこと」なのだ。
「まあ、とにかく俺たちは飯を食うしかないな」
空気を変えるように、則正さんが明るく言う。確かに、何も分からない今、僕たちにできることはほとんどないのだ。
「これは長期戦になるかもな」
「そーだね」
幸也さんも祐介くんも、考えは同じみたいだ。
「ひとまず腹ごしらえだな」
じっくり腰を据えてヒオと向き合うために。
ヒオを、一人にしないために。
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