第23話 守りたいもの③

「ここ最近、外に出てたのは、川上さんの言う通り親戚に呼び出されていたからだ」

丁寧に言葉を選びながら話す様子に、一言も聞き逃さないよう集中する。

「皆も知ってるように、オレは両親と関わりはない。この家に来るときに、全てを絶ってきたからね」

今のところ表情に苦しみも哀しみも浮かんではいないようだ。

ただひたすら、淡々と事実を述べていく。


「それでも何かあったときのために、と父の兄と母の弟には、オレの連絡先は教えてあった。一応オレの両親はちょっと有名な会社を経営していて、いろんなしがらみがあったから」

それは僕たちも知らなかった事実だ。ひょっとしたら則正さんあたりは知っていたかもしれないけれど。


「初めて親戚から連絡があったとき、それは父方の兄のところからだったんだけど、家のことでどうしても外せない要件だから、と言われた。本当は行きたくなかったけれど、それを聞くのが最低限の息子の役割だと言われて仕方なく」

何が息子の役割だろう。

親の役割なんて最初から果たせていなかったくせに。

腹は立つけれど、それを何とか抑えて話を聞く。


「高級料理屋で高いごはんを奢られて、何事かと思ったら会社の相続の話だった。どうやら父も母も病気で臥せっているらしく、なんとか跡継ぎである俺を引き入れようという魂胆だったみたいだ」

幸也さんには珍しく醒めた口ぶり。感情が伝わってこない。

「そして次の週は母方の弟。これもまた同様に、オレを味方につけたくて仕方ない様子だった。ここ最近は、もうそれの繰り返し。自分の利益のためにオレを利用したい人間が、なんとかオレを懐柔しようと必死だったよ」

「なんでそんなところに行ったんだよ」

たまらずヒオが口を挟む。

断ることなくその場へと出かけて行った幸也さんの思いが分からない。

「…親の会社、相続、したいのか?」

祐介くんが俯きながら問いかけた。

もしそうであるなら、僕たちは何も言えない。

だってそれは、幸也さんに残されるであろう当然の権利で、何より裕福にはなれるのだろうから。


「…そうだな」

幸也さんは相変わらず感情の読めない口調で言う。

「なんとかしてやろう、って思ったのは事実だ」

ぎゅっと握ったこぶし。幸也さんが力を入れたのが分かった。

「オレってなんなんだろう、って思ったよ。直接の暴力はなかったものの散々いないものとして扱われ、自分自身がここに存在しているのかさえ段々分からなくなっていって。やっとこの家に来て生きていることを信じられてきたのに。久しぶりに連絡があったと思えば元の家族は、親戚は、結局オレのことを金蔓にしか思っていなかった。それなら、どうせそんな存在なら、せいぜい遺産だけでもぶんどってやりたい、そう思ったよ」

初めて語られる幸也さんの本音。やっと感情のこもった言葉は、ひどく痛い。

「両親と一緒になってオレの存在を抹殺してきたくせに、相続となったとたんオレのことを褒めたり称えたり、昔は悪かった、なんて心にもない謝罪までしてきたり。オレってなんなんだ?なあ、オレはちゃんとここにいるのか?」

あまりにも悲痛な叫びに、僕はとっさに幸也さんの手を取った。

「幸也さんは幸也さんだ。ちゃんとここにいるよ。誰がなんと言おうと僕の大事なお兄ちゃんだよ」

「そうだぞ、そんな親戚の言うことなんて聞く必要ないんだ。おまえはここにいる。ちゃんとこの家族の中にいる」

則正さんが幸也さんの背中を撫でる。

その背中はかすかに震えていて、幸也さんが泣いているのが分かった。

「なあ、幸也。お前ももう昔の家族から解放されろよ」

川上さんが幸也さんの頭を撫でながら語り掛ける。

「金なんて自分でコツコツ稼いだらいいさ。お前はここにいるんだ。もう過去に囚われることなんてない。親戚なんて、こっちから縁を切ってやれ。お前には、俺たちがいるだろ?」

「…は、い……」

ヒオと祐介くんも幸也さんのもとに来て、それぞれが優しく背中に触れる。

「幸也さん、悪いけど、幸也さんを大金持ちにはしてやれねえよ」

「オレたちもちゃんと働くから、だから相続何て考えずにここにいてよ」

「…ありがとう、みんな、ありがとう」

幸也さんは皆の真ん中で泣いた。

川上さんは仕方ないなあ、って顔で笑って、則正さんはずっと幸也さんを見て微笑んでいた。

僕たちは、幸也さんが戻ってきてくれたことに安心して、ほっと溜息をついたのだった。


後日、幸也さんは川上さんに助けてもらいながら、法的に相続放棄の手続きをした。

携帯の番号も替え、親戚たちとの関係も絶った。

「なんか、ずーっと繋がれてた鎖から解き放たれた気分だ」

そう言って笑う幸也さんの顔は、これまでで一番晴れやかだったような気がして、僕はそれがすごくうれしかったんだ。









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