第24話 はじまりの話①
それはほとんどひらめきに近い何かだった。
この瞬間、今この手を取らなければ、きっと俺は死ぬまで後悔するんだろうという直感。
そして、往々にしてそういったときの直感は、決して外れることはない。
「なあ川上さん、俺たちも連れて行ってよ」
そう言った則正の声が、その背中からこちらを見つめる幸也の強いまなざしが、今も頭の中に鮮明に残っている。
それは、俺にとっても今ここにいる5人にとってもきっと運命の分かれ道。
新しい人生が始まった、そんな日の物語。
~heavenly another story~
俺は生まれてから中学2年生になるまで、ごく普通の家庭のごく普通の長男として育ってきた。
地元の中学で野球部に入り、毎日汗をかきながら青春を謳歌する、日に焼けた丸坊主の男子だった。
人並みに反抗期なんかもあったけれど、所詮は「大人の言うことなんて、」と言いたいだけのような、一般的な範囲だ。
その点では一つ年下の弟のほうが少しヤンチャで、悪い友達とつるみ始めていた分手の焼ける子供だったように思う。
何はともあれ俺は、中坊なりに充実の日々を過ごしていた。
この日々がもろくも崩れ去るなんてこと、想像だにしていなかったのだ。
夏休み真っただ中のその日、俺は当然のように部活に精を出していた。
夏の大会で思ったような結果を得られず、より練習に熱が入っていたのだ。
何も部活に入っていなかった弟は、ものすごく反抗しながらも両親に連れられて祖父母の墓参りに行っていた。(このあたりがどうにも田舎のヤンキーだと思う)
ギラギラした太陽の熱、耳をつんざくほどのセミの鳴き声。
あの日を思い出すと、そういった夏の概念のようなものが思い浮かぶ。
あれほどまでに熱中していた野球の練習メニューなんて、何一つ思い出せないというのに。
午後3時をまわり、何度目かの休憩時間。
へとへとになった体をなんとかグランドの隅まで引きずって、がぶがぶ水分を摂取していたときだった。
「川上!」
顧問の教師が慌てた様子で俺の名を呼んだ。
「今すぐ病院へ向かえ。ご家族が事故に遭われた」
ゴカゾクガ、ジコニアワレタ
一瞬、何のことか理解ができなかった。
なんのリアクションも取れずにいた俺に、先生は気遣いつつも荒く手を引く。
「公民の佐々木先生が車を出してくださるそうだ。荷物なんかはオレがまとめておくから、そのままでいい。早く行け」
部員たちの気づかわし気な視線にも対応できないまま、俺は先生に引っ張られて車に乗り込んだ。
そこからの記憶はひどく曖昧だ。
着いた途端に案内されたのは霊安室。
冷たくなった家族の姿を見て、あまりの現実感のなさに涙すら流すこともできずひたすら立ち尽くしていたことは覚えている。
それから事態がどのように展開していったのか、誰がどのように事務処理を進めてくれたのか、細かいことは覚えていない。
どのように葬式を出し骨を拾い家に帰ったのか、その間俺は泣くことができたのか、何一つ思い出せない。
気が付いた時には薄暗い部屋で3人の遺骨を抱えた俺を見て、顧問の先生が男泣きに泣いていた。
「なあ、川上。気を落とすんじゃないぞ」
感情のないままに頷く。
その言葉に含まれた、純粋に俺を心配してくれている先生のあたたかい心だけは感じることができたから。
「いつでも、俺たちを頼っていいんだからな」
今思うと、本当にこの先生は俺に良くしてくれたものだと感動してしまう。
先生の言葉に嘘はなく、ここから先、ひとりぼっちになってしまった俺を何くれとなく気にかけてくれたのだ。
ただこのとき、俺は知らなかったのだ。
中学生がたった一人で生きていくことがどれほど難しいことなのか。
まだまだ甘えたい気持ちを隠せない中学生がすべてを失って、どうやって生きていけばいいのか。
本当に何一つ、分かっていなかった。
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