第25話 はじまりの話②
諸々の手続きは、数少ない親戚が請け負ってくれていたらしい。
家や保険、事故の後始末。やることは数えきれないほどあっただろう、と大人になった今なら想像することもできるが、当時は本当によく分からないまま、伯父や叔母の言う通りに動いていた。
当初、伯父や叔母が交代で泊まりに来ては様々な処理や俺の面倒などを見てくれていた。
早くに両親をなくしていた父と母だったので、祖父母という存在に頼ることもできず、この頃は伯父や叔母も大変だったことだろう。それぞれに家庭を持ちながら、いくら血の繋がりがあるからといってもよその子の面倒を見るのは並大抵ではない。
俺が小学校にあがるか上がらないかくらいの子供であればまだよかったが、自我もはっきりした思春期の真っ只中。一番扱いづらいときだっただろうと思う。
どうしても誰も来られないときは、顧問の先生が様子を見に来てくれた。
あれ以来、部活にはいっさい参加できていないのに、そのことに一切触れずに接してくれる。
買ってきたコンビニ弁当を一緒に食べて、夜、もうあとは寝るだけという状態になっているのを確かめてから、
「じゃあまたな。早く寝るんだそ」
そう明るく言って帰っていく。
先生の気持ちが嬉しくて温かくて。それでも俺がその言葉を守ることはなかった。
一人の夜はどうしても眠ることができなかったのだ。
もう会えない家族を思い、今ここに自分一人しか存在していないことを噛みしめ、夜が白く明けていくのをベッドからただ見つめている日々。
伯父も叔母もなんとなくそれを察していたのだろう、腫れ物に触るかのように俺を扱った。
それを寂しく思ったりもしたが、だからと言ってどうすることもできなくて。
俺は少しずつ少しずつ心を閉ざしていったのだった。
そして、怒濤の2週間が過ぎた頃。
「はじめちゃん、」
叔母の真剣な声に、正座して向き合った。
しっかりと顔をあげ、目を見て。
きっとこれで何かが変わる、そんな予感がした。
叔母とその夫、伯父とその妻が揃っている場で告げられたのは、予想通り俺のこれからの話だった。
「はじめちゃんももう中学2年生。現実を知ってもらわないといけないと思うの」
そんな切り出しかたから始まった叔母の話は、これまで当然だと思っていた生活が根こそぎ失われてしまう、非情な現実だった。
主に語られたのは、以下の3点だ。
自分たちにも家庭があり、現状どちらの家庭も俺を引き取る余裕はないこと。
それでも中学生を独りで置いてはおけないから、俺は施設に入らなければならないということ。
事故の処理や税金のことなどを考えると、今の住まいは適切に処分しなければならないということ。
正直、心のどこかではいつかこういう話が来るだろうとは思っていた。
いくら子供だとは言えそれなりの分別もついてきている年頃だったし、家族を皆失ってなお同じ暮らしを営んでいけると思うほど、浮世離れした性格でもない。
それでも、俺に即答する勇気はなかった。
「…しばらく、考えさせてくれませんか?」
考える余地もない現状であっても、俺の口からこぼれたのはそんな言葉で。
「はじめ、気持ちは分かるが、これは避けられない事実なんだよ」
重々しい口調で伯父は言う。
「でもはじめちゃんにとって一生の問題だから。少しは時間をあげないと」
叔母が必死になだめてくれているのが聞こえた。
「二日、いや一晩でいいです。少し、整理させてください」
必死で絞り出した言葉に、なんとか伯父もうなずいてくれた。
この現実が避けられないことである、なんて分かっていた。
時間だって永遠にはないし、いろんなことに期限があることも想像はできた。
それでも、伯父の言葉にはどうしても納得ができなかった。
だって、分かるわけないんだ。
俺の気持ちなんて、誰にも分かるわけない。
そのとき俺の心を占めていたのは、悲しみでも苦しみでもなく、何の混じりけもない純粋な怒りだ。
なぜ家族は死んだ?
なぜ俺は残された?
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ???
どうして俺も一緒に死なせてくれなかったのだろう。
あの時どうして、部活を選んでしまったんだろう。
取り留めのない疑問が怒りと共に頭を駆け巡る。
そして俺は、ぐるぐる回る感情を制御することに必死だった。
もし言えたのなら。
このとき叔母や伯父に言えたのなら。
親戚の家も施設も、全部全部それは俺の場所じゃない、と言いたかった。
ただ一つ言えるなら、死にたかった。
家族と一緒に死んでしまいたかったのだ。
言えない思いは、苦い涙となり一筋頬を流れていった。
家族を皆失って涙を流したのは、きっとこの時が初めてだった。
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