第17話 命をつなぐ③

たくさん泣いた翌日の朝、祐介くんは目を真っ赤に腫らしながらもどこかスッキリした表情で起きてきた。

「祐介くん、おはよ」

「おはよー、カイ」

少し照れたように微笑む祐介くんを見て、僕は少しほっとした。

昨日まで、祐介くんは常にこわばった表情をしていたから。


「今パン焼くからね」

「うん…なあ、カイ」

いそいそと朝食作りに向かう僕を、祐介くんが呼び止めた。

「ん?どうしたの?」

「昨日のパウンドケーキ、ありがとな」

優しい声でそう言ってくれた祐介くんには、僕の心なんてお見通しだったみたいだ。

少し照れくさいけれど、何も気づかないふりをする。

「気に入ってくれたならよかったよ」

「うん、で、お願いがあるんだけど…」

「なに?」

「パウンドケーキの作り方、教えてほしいんだ」

「…!わかったよ!」


祐介くんの望んでいることがなんとなく分かった。

きっと祐介くんは、今度はパウンドケーキをゆきおばあちゃんにプレゼントしたいんだ。

「今日の夜、大丈夫?」

「大丈夫だよ!昨日のよりもキレイなの作れるように一緒に頑張ろう!」

どんなパウンドケーキにしよう。

チョコのマーブルも作ってみたい。

おばあちゃんにあげるなら、抹茶もいいかも。


皆を見送ったあと、僕はいそいそとお菓子作りの準備を始めた。

晩ごはんの用意も、掃除や洗濯などの家事も、心ここにあらずでとにかくパウンドケーキのことだけ考えていた。

祐介くんとゆきおばあちゃんの思い出のため、僕が少しでも役に立てればいいな。


その日の夜、また僕たちはワイワイ騒ぎながらパウンドケーキを作った。

クッキーのときみたいに楽しくて、でもこれが祐介くんとゆきおばあちゃんの最期の思い出になるのかと思うとほんの少し寂しくて。

その寂しさを吹き飛ばすようにまた騒いで。

見ていたヒオは野次を飛ばすし、則正さんはとにかく心配しているし、幸也さんはすべてをほほえましく見ているし。

あまりにもいつもの僕たちらしくて、この寂しさも吹き飛んでしまえ、そう思いながらたくさんのパウンドケーキを焼いた。




僕たちがワイワイ作ったパウンドケーキを祐介くんがお見舞いに持っていった日から三日後、ゆきおばあちゃんは亡くなった。




「ゆきばあちゃん、すごくおいしいって。食欲なんてもうほとんどなかったのに、これだけはおいしく食べられるって喜んでくれて」

ぽろぽろ涙をこぼしながら、祐介くんは僕たちに話してくれた。

「一緒にパウンドケーキ、食べられてよかった。思い出、また一つ増やせてよかった」

無言で頭を撫でる幸也さん。

僕たちも、祐介くんの手や背中に触れる。

「…でも、もう少し、一緒にいたかったよ…」

ついにこらえ切れなくなって泣き始めた祐介くんに、則正さんが言った。

「祐介、本当によくがんばったな」

「…の、りまさ、さん」

うわーっ、と声を上げて泣く祐介くん。

「ゆきばあちゃんは、最期まで祐介の優しさに包まれて亡くなったんだ。祐介の笑顔とか頑張る姿とか、そういうのを心にたくさん焼き付けて亡くなったんだ。あったかい気持ちで旅立てたと思うよ」


よしよしと撫でる手にすがりながら、祐介くんは泣いた。

これまで頑張って「明るい祐介くん」として振る舞っていた分、一度堰を切った悲しみはおさまることを知らない。


でも、それでいいんだと思う。

たくさん泣いて、悲しんで。

そうじゃないと、きっとこの先を歩いてはいけないだろうから。

今は辛くて苦しいけれど、きっと祐介くんはゆきおばあちゃんの最期を共に明るく過ごせたことを誇りに思って、これから先を進んで行けるだろう。


祐介くんの涙が枯れるまで、僕たちは決してそばから離れることなくその夜を過ごしたのだった。

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