第16話 命をつなぐ②

「ゆ、祐介くん?どっか痛い?大丈夫?」

祐介くんの涙にパニックになってしまった僕は、焦っていろいろ話しかける。

それを見ていた則正さんと幸也さんは頷きあってこちらに来てくれた。


「どうした?祐介。なんでも話してくれていいんだぞ」

後ろから背中をさする則正さん。

「泣きたいときは泣いたらいい。祐介のペースでいいからな」

そう言って幸也さんは祐介くんの前にしゃがんで頭を撫でる。

「…ぅー」

祐介くんは声にならない声で泣くのを堪えているようだ。


「ほら。我慢しない」

幸也さんが少し強引に祐介くんを抱き締める。

こうなればもう祐介くんも我慢できなくなったようだ。幸也さんに抱きついて、声を上げて泣き出した。

その声があまりにも苦しそうで切なくて、僕まで泣きそうになったけれど、そこは必死にこらえた。今は祐介くんにたくさん泣かせてあげないと。

そっとヒオの方を見ると、ヒオも目をうるうるさせて唇を噛んでいたから、きっと僕と同じ気持ちだったんだと思う。


泣いて泣いて、もう涙が出ないくらいまで泣いた祐介くんは、カフェオレがすっかり冷めてしまったころに泣き止んだ。

「少し落ち着いたか?」

問いかける幸也さんに、真っ赤な目で頷く。少し疲れたようで、まだ幸也さんにもたれかかっていた。

「話せそうなら話してくれるか?無理にとは言わないけど」

則正さんが頭を撫でながら話しかけ、祐介くんの様子を伺う。

それでもなかなか話せないようだ。

踏ん切りがつかない様子で言い淀む祐介くんに、自分のペースでいいよ、と告げる。こんなに言うのが難しいなんて、余程のことなのだろう。


「…バイトのことなんだけど…」

少しの間を置いて、やっと決心がついたのか話し始めた。泣きすぎたせいか、掠れてしまった声。

「…いつも俺のこと可愛がってくれてるゆきばあちゃんってのがいて」

そう、一緒に作ったクッキーをプレゼントしたお相手だ。いつも祐介くんは楽しそうにゆきおばあちゃんの話をする。

「ゆきばあちゃん、もうすぐ死んじゃうんだ」

そう言うと、祐介くんはまた涙をこぼす。

聞いていた僕も衝撃を受けた。

あのゆきおばあちゃんが、死んでしまう?

「…ここ最近、ずっと調子悪くて。今日ついに入院して、あと1ヶ月もつかどうかって…」

そう言って、祐介くんはまた幸也さんの胸で泣き始めた。


祐介くんは、おばあちゃんという存在に強く思い入れがある。

親戚中をたらい回しにされた末、引き取られた遠縁のおばあちゃんにより、今の明るい祐介くんが作られたと言っても過言ではない。

そのおばあちゃんが亡くなってこの家に来た祐介くんだからこそ、老人介護の仕事を志し、今まで学校とバイトを頑張って来たのだ。


「…それは辛かったな」

幸也さんがやさしく頭を撫でる。

皆が祐介くんのゆきばあちゃんへの思いを知っているから、自分のおばあちゃんの面影をゆきばあちゃんに見ていることを知っているから、その苦しさが痛いほどわかる。

「苦しいな、祐介」

則正さんも辛そうに祐介くんの背に手を当てる。

「でもな、苦しくても辛くても、どうしようもないことがあるんだよ。特に、命のことに関しては」

則正さんの言うそれは、真実だ。

宣告された余命に対し、無力な僕たちは何もしてあげることができない。

受け入れるしかない現実なのだ。

「…分かってるよ。でも…」

それでも苦しいものは仕方ない。

それさえも全て分かっているのだから、もうどうしようもない。


「今の祐介がゆきばあちゃんにしてあげられることがあるとすれば、それはいつも通り明るく接してあげることじゃないかな」

則正さんは、祐介くんに伝わるよう、ゆっくりゆっくり話す。

「ゆきばあちゃんが祐介を可愛がってくれてるのは、祐介がいつも元気で明るくて、一生懸命だからだ。そのままの祐介で付き添ってあげればいいと俺は思うよ」

「そのままのオレ…」

「苦しければウチで泣きなさい。その分、ゆきばあちゃんには明るい祐介の記憶を残してあげよう」

「…」

「頑張れ祐介!しんどくなったらいつでも胸は貸してやる!」

ヒオも続ける。

「僕でよかったら、いつでも話聞くよ」

僕も、何かできるなら。

「…ありがとう。ありがとう、みんな」

こうして祐介くんは、皆にもみくちゃにされながら、ずっと泣き続けたのだった。


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