第15話 命をつなぐ①

「あれ、祐介もう食べないのか?」

夕食の時間、いつもの半分程度で食事を終えた祐介くんに幸也さんが尋ねた。

「あ、ああ。ちょっと食べてきたから。カイ、ごめんな」

「うん、大丈夫だよ。気にしないで」

ほんの少し微笑んだ祐介くんは、静かに自分の部屋へと帰っていった。


最近祐介くんの元気がない。

いつものいたずらっ子は鳴りを潜め、必要最低限しか話さない。

もともとが「じめじめしてた」らしい祐介くんだから、おかしなことではないのかもしれないけれど、僕が知る限りあれだけ明るく元気だったのがこうなってしまった原因が分からないから心配は募る。


「大丈夫かな、祐介くん」

何気なくつぶやいた言葉に、則正さんが頷いた。

「最近元気ないから心配だな」

「ああなったときの祐介ってどう話していいのか分かんねー」

ヒオも少し寂しそうに見える。

「明日にでもゆっくり聞いてみようか」

幸也さんの提案に皆で頷いた。

どうしていいのか分からないけれど、きっと何かしら動くべきなのだと思う。

このまま元気のない祐介くんをじっと見ているだけなんてツラいから。


ここで僕が何かできるとすれば、やっぱり。

「僕、お菓子でも作って釣ってみます」

きっぱり言い切った僕を、3人が不思議なものを見る目で見てくる。

「え、何か変なこと言いました?」

「いや…カイの口から『お菓子で釣る』っておもしろいな」

「おまえはよく釣られてるけどな」

むくれるヒオの頭をぽんぽんと宥める則正さんと、見守る幸也さん。

この賑わいのなかに、やっぱり祐介くんにいてほしいと思うのだ。


次の日の夕食後。

「ごちそうさま」

そう言って部屋へと上がろうとする祐介くんに声をかけた。

「祐介くん!」

「ん?どうした?」

「昼間に、パウンドケーキ焼いてみたんだ。初めて作ったから感想を聞きたくて。ちょっと食べてみてくれないかな」

「あ…うん、いいよ」

よし、乗ってきてくれた。

「パウンドケーキ作ったんだ」

「うん」

「一人で?」

「そうなんだ。この前のクッキーは一緒に作れて楽しかったから、今回は一人でやってみようと思って」

「へえ、すごいな」

「でも自信ないし、シンプルなパウンドケーキにしてみたよ」

話しながら、今日焼いたパウンドケーキを切り分ける。


今回はなんとか一人で頑張ってみた。

僕の中ではかなりの大冒険だ。

前回のクッキーは祐介くんと一緒にドタバタして、大変だったけれど本当に楽しかったから、今日はとても寂しかった。

それでもこれが、祐介くんの心の中を紐解く鍵になるかもしれない、そう思ったら一人でもなんとか頑張れてしまったのだ。


「お待たせしました~」

切り分けたパウンドケーキとカフェオレをダイニングに運ぶ。

みんな静かに待っていてくれて、その中でも祐介くんの様子をさりげなく伺っているのが分かった。

「おお!おいしそう!」 

ヒオが顔を綻ばせる。これは本心からのようなので安心する。

「見た目はあんまりよくないんだけど」

やっぱり不器用な僕にはいくらシンプルなパウンドケーキだといってもなかなか難しくて、少し焦げてしまった。

「そんなことないよ。すごいな、カイ。おいしそうだ」

目を細める則正さんと幸也さん。

「じゃあ、いただきます」

皆が食べ始める。祐介くんも無言のまま食べてくれている。

「どうかな?」

「うん、すごくおいしいよ」

「カイ、お菓子も才能あるんじゃね?」

口々に誉めてもらえてほっとした。

そして、第一の目的である祐介くんに目をやる。

「祐介くん、お菓子作り仲間としてどうかな?」

「……」

問いかけにも無言で食べ続ける祐介くんをしばらく見つめる。

おいしくなかったのか、それとも無理矢理引き留めてしまったから何かひっかかっているのか。

だんだん心配になってきて、何か話しかけようとしたとき、祐介くんの手が止まった。

「どうだった?やっぱりおいしくなかった?」

覗きこんだ僕はぎょっとした。

祐介くんの目には、今にも溢れてしまいそうなほど涙が溜まっていたのだ。





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