第37話 未来への選択②
「勝手なことしてごめんなさい」
祐介くんは皆に向かって頭を下げた。
「皆がオレを応援してくれていることは分かってた。ゆきばあちゃんが死んだとき、本当に辛かった。オレのばあちゃんが死んだときと同じくらい。それでも乗り越えられたのは、皆がいてくれたからだ」
いつもの元気なんて微塵もなくなっていたあの頃の祐介くんを思い出す。
きっと、ものすごくしんどかったに違いない。
「最期まで看取ることを経験してものすごく辛かったけど、それでもこの道で生きよう、そう思ってたんだ。あのときは」
顔を上げた祐介くんは、とても強い目をしていた。
「でも、やればやるほど、ここのじいちゃんばあちゃんは身代わりじゃないんだって分かってきた。オレのばあちゃんの代わりに何かしてあげたいって気持ちが傲慢なんじゃないかって」
「祐介くん…」
何か声をかけてあげたいのに、なんて言えばいいのか分からない。
そんな気持ちが伝わったのか、祐介くんは軽く微笑んでくれた。
「そう思ったら、もうダメだった。オレがしたかったのは自分のばあちゃんへの恩返しで、ほかの人への介護ではないんじゃないか。真剣に将来について悩んでいるヒオを見て、オレはなんて短絡的なんだろうって思った。ただの自己満足で将来を決めたら、それも他人を介護するなんて究極の接客業を選んでしまったら、ダメなような気がしたんだ」
たぶん、祐介くんにしろヒオにしろ、皆真面目すぎるんだと思う。
他人の気持ちに痛いほど敏感で、自分の気持ちに誠実に向き合って。
ほかの人たちならサラッと流してしまうことにも真っ向から向き合ってしまう。それはとても大切なことなのだろうけれど、ひどく痛いことのようにも思えた。
だからこそ、今祐介くんは両手を握りしめて耐えている。
自分の気持ちを一番に優先することに、罪悪感を感じてしまっているのだ。
「こんな中途半端な気持ちで介護はできない、そう決断した。本当にごめんなさい。学校のお金もまだ返せてないのに、こんなことになっちゃって本当にすみませんでした」
祐介くんはそう言って、深く頭を下げた。
僕たちには有り余るお金があるわけではない。そういった関係は川上さんが一手に引き受け様々にやりくりしてくれているが、たしかに学校のお金などは慎重に使わなければならない身分だ。それは全員が理解している。
それでも、祐介くんが謝るのは違う気がした。
祐介くんは真剣に自分自身と向き合っただけなのだから。
「祐介、頭上げな」
川上さんがやさしく言う。
きっと川上さんも分かってくれている。祐介くんが一時のノリや気の迷いで退学を選択したわけではないということ。
「よく言ってくれたな。真剣に考えて、えらかったぞ」
よしよしと頭を撫でる大きな手。
緊張で強張っていたのであろう祐介くんの体が、ゆるゆる解けていくのが分かる。
「選ぶ道を変えることなんて、誰にでもあることだ。それも、何となくとか楽しそうだから、とかそんな曖昧な理由じゃなく、ちゃんと考えた上で決めたことだ。誰も祐介を責めやしないよ」
川上さんの言葉に、祐介くんの目がみるみるうちに潤み始める。
怖かったんだろう。自分の選んだことを受け入れてもらえるのか、自分の居場所を新たに模索しなければならない現実が。
「なあ祐介、俺だって仕事辞めて、今は派遣でなんとか食いつないでる状態だ。それでも皆、受け入れてくれたじゃないか。祐介だって同じだ。違うと思ったら、やり直したらいいんだ」
「真剣に考えて決めたこと、ほんと偉いと思うよ。一人でしっかり決断できてすごいぞ」
則正さんと幸也さんが、代わるがわる頭を撫でる。
皆、ちゃんと分かってくれているんだ。
「よくがんばったな」
「すごいよ、祐介くん」
ヒオと僕は、それぞれ祐介くんの手をとって声をかけた。
皆が祐介くんの味方であること、しっかり伝わればいい。
「ありがと…ありがと、皆」
祐介くんはぽろぽろ涙をこぼしながらそう言った。少しは気を緩められたのだろうか。
「これから別のバイト探して、もう少し真剣に将来のこと考えてみる」
そう告げる祐介くんの表情は明るい。
真面目な祐介くんだから、これからも悩みすぎてしまうこともあるだろう。
それでもそのときは、僕たちがそっと支えてあげられたらいい。
そんな思いを込めて、もう一度強く手を握った。
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