第36話 未来への選択①
最近、祐介くんの帰りが遅い。
学校だけだと聞いていたはずの水曜と金曜も、バイトのあとと同じような時間に帰ってくる。
「祐介くん、バイト増やしたの?」
思いきって聞いてみても、
「ん?あ、まあな」
と、なんとも曖昧な返事なのだ。
僕が不審に思っているということは、皆なんとなく気づいていて。
「祐介、なんかあやしいな」
「だな」
なんて長男と次男は会話をしているし、ヒオに至っては
「ま、ウジウジ虫になってないだけマシだろ」
なんて少し余裕な発言をしている。
確かに、精神的に崩れそうなときはジメジメ祐介くんになるはずなので、普通に会話も食事もできている姿を見る限り、たぶん大丈夫なのだろう、とは思う。
でも何か秘密がありそうな様子を見ると、なんとなく寂しく思ってしまうのは僕のワガママなんだろうか。
そんなことが続いたある日。
「今日の晩ごはんのあと、ちょっと集まって」
祐介くんから皆に召集がかかったのだった。
「川上さんも仕事あと来るって言ってたから」
あまりにも周到な準備に驚く。
咄嗟にほかの皆の様子を見てみたら、同じようにびっくりしたような顔をしていた。
この家に関することや皆の重要な報告などは川上さんか則正さんから行われることがほとんどで、祐介くんが皆を呼び出すなんてこれまでなかった。おまけに川上さんまで呼んであるなんて。
「これはひと波乱あるな」
半分不安、半分期待のようなヒオの言葉に、僕たちは皆頷いたのだった。
そして、夜。
内心ドキドキしながらも、いつも通り夕飯を食べ、後片付けをして。
この家のほかにもいろいろ関わっている川上さんの仕事終わりを待ち。
いつも通りの顔をした祐介くんと、いつも通りを装いながらもどこかギクシャクした動きの僕たちは、やっぱりリビングにいた。
「悪い、遅くなった」
川上さんが駆け込んできたのは20時を15分くらいすぎた頃だった。
「おつかれさまです!」
「ごはんは食べましたか?」
あくまでいつも通り声を掛ける。
「ああ、軽く済ませてきた。ありがとう」
そう言いながら席につく川上の分も合わせて、人数分のコーヒーを淹れる。
いつもなら夜は紅茶にすることが多いのだけれど、いつも通りでは済まないだろう空気感に気圧されそうで、僕自身がシャキッとしたかったからコーヒーを選んでみた。
お昼間に焼いておいたクッキーを真ん中にして、皆にコーヒーを渡す。
いよいよだ。
「今日はわざわざ集まってもらってごめん」
祐介くんが切り出す。
「川上さんも、忙しいのにありがとう」
「いや、大丈夫だ。それより、どうした?何かあったのか?」
何があっても動じなそうな川上さんの声に、緊張していた心が落ち着いた。
気合いを入れるため、コーヒーを一口。
よし、大丈夫な気がする。
「実は、最近ずっと考えてたんだ。将来のことに悩んでるヒオとか、過去からやっと解放された則正さんとか、皆のことを見てて。ずっと、ずーっと考えてた」
そう言う祐介くんの表情はとても落ち着いていて、穏やかだ。きっと、悪いことではない。そう自分に言い聞かせる。
「オレはさ、昔から老人の介護をしたいってずっと思ってた。皆知ってる通り、じいちゃんばあちゃんのこと好きだからさ。でもそれって正しいのかな、って実は前から思ってたんだ」
祐介くんがバイト先の施設のおじいちゃんやおばあちゃんたちを大切にしていて、可愛がられているのは皆知っている。
それでも、そこに疑問を持っていたなんて初めて聞いた。
「初めは、やりたいからやる、それだけだったんだ。勉強も好きじゃないけど必要だからなんとか頑張って、バイトで経験積んでいいヘルパーになりたい、そう思って」
勉強もバイトも、全力で取り組んでいたことを皆も知っている。覚えられない、とか難しすぎる、とか泣き言をいいつつ、試験はいつもいい成績で合格していた。
得意気な、それでもほっとしたような表情を思い出す。
「でも、たぶんもう限界なんだと思う。今日、学校に退学届けを出してきて、バイトも辞めてきた」
「ええっ!!」
あっさり言い放った祐介くんだったけれど、それはかなり威力のある爆弾だった。
皆がみんな、祐介くんの決断に衝撃を受けているようだった。
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