第13話 本当の強さ②

その夜、なんとなく眠れなかった僕はキッチンへ水を飲みに行った。

時間は12時を過ぎたところ。

結論の出ない則正さんのことを考えるともなく考えていたせいか、どうにも眠る気になれなかったのだ。


冷えた水をゆっくり飲む。

体と共に、気持ちまですっきりした気がする。

僕が何を考えたところで、結局は則正さんの問題。やはりさっきの結論通り、僕は僕のできることをこなしていくしかない。

そう改めて思えた今なら、すっきりした気分で眠れる気がする。


僕は整理できた気持ちを抱え、二階へと上がっていった。すると、

「え、ヒオ?」

思わず声を出してしまった。

「しーっ!」

階段の上には、すっかり眠ってしまっただろうと思っていたヒオがいたのだ。


「こんな時間に何してるの?」

小声で問いかける。

ヒオは食欲と同じく睡眠欲もかなり強いほうで、部屋に戻るとすぐ寝てしまう。

そんなヒオがこんな時間に起きているのはおかしいのだ。


「聞いてみろよ」

ヒオが言うのは、則正さんのドアの前。耳をあてろ、と言っているのだ。

「そんなの、ダメだよ」

「いいから!」

強い調子で引っ張られる。盗み聞きはだめだと思うのに、ヒオの強いまなざしにやられてしまった。

中からうっすら聞こえるのは則正さんの声。

どうやら電話をしているらしい。

「こんな時間に電話?」

ついこぼれた言葉。もう真夜中すぎ。こんな時間に電話なんて普通あり得ない。

「よく聞いとけよ」

難しい顔でヒオは言う。

そのまま二人で耳を澄ます。


「……はい、すみません。必ず間に合わせますから」

「いえ、もちろんそんなことは。決して手を抜いているわけではありません」

「すみません、明日は6時には業務を開始しますので」

則正さんはひたすら電話で謝罪している。

内容までは把握できないけれど、仕事の話であること、則正さんが一方的に責められていることだけは伝わってくる。


なんで?


僕の中に怒りがこみ上げる。

こんなに毎日頑張っている則正さんが、仕事を終えてから電話でまで責められなければならないなんて、こんなことあってもいいのか?

ふと隣を見れば、ヒオがギュッと手を握りしめているのが分かった。

力が入りすぎているのか、皮膚に爪が食い込んでいるのが見える。

ヒオも怒っているんだ。それも、とてつもなく激しく。


「いえ、それは私自身の問題ですので、彼らは全く関係ありません」

彼らというのが僕たちのことを指すのだということが、直感で分かった。

僕たちと共に生きるということが、則正さんに謂われのない苦痛を与えているのか?

怒りで指が震える。

感情の殺し方が分からなくなりそうだ。


と、そのとき。

ガチャっとノブをひねる音がして扉が開いた。

体重をかけてしまっていた僕は危うく倒れそうになり、勢いで則正さんの部屋に入ってしまった。

驚いた表情を見せる則正さん。

ということは、開けたのはヒオだ。

「おい、ヒオ!」

あっと言う間に則正さんの携帯を奪ったヒオは、通話口にむかって吐き捨てた。


「テメェ、ふざけんな!こんなのただのイジメじゃねーか!そんな会社、二度と行かせねーから!!」

ブチッと通話を切ると、則正さんを睨み付ける。

「さっさと辞めちまえよあんなとこ!なんで則正さんがこんなツラい思いしないといけないんだよ!オレたちのせいなのか?なあ、それならオレも学校なんか辞めて働くから!だからいい加減、目ぇ覚ませよ!!」

大声で叫んだせいか肩で息をしているヒオを見ていると、なぜか僕の心は凪いでいった。だって、ヒオの言うことはまったくそのまま僕の思っていることだったから。


「……僕も、なんとかして働きます!だから、だからっ!!」

実現するかも分からないことだけれど、則正さんがあの会社で働かなければならないくらいなら、なんだってしてやる。

ヒオと共に、闘ってやるんだ。


「オレも賛成」

不意に聞こえたのは祐介くんの声。

ヒオの叫び声で起きてしまったのか、それとも祐介くんも眠れなかったのか。

「ねえ、則正さん。弟たちにこんなこと言わせてていいんですか?」

穏やかな幸也さんの声。

近づきながら僕の頭を撫で、ヒオの背中をさすってくれる温かい手。


「……みんな…」

則正さんは一言そうつぶやくと、うつむいてしまった。








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