第10話 まっすぐに②


晩ごはんの食器などを片付け、順番にお風呂に入る。

洗濯機は朝に洗いあがるように予約設定をする。

お風呂上りは軽く飲み物を飲んで、少し談笑してからそれぞれの部屋に戻る。

それがいつも通りのルーティーン。


なのに、今日はそこにヒオがいない。


川上さんとの話はいまだ続いているみたいで、僕たちは平常心を装いながら、常に二階の様子を気にしていた。

きっと部屋の中で二人で話しているのだろう。

1階のリビングには話し声一つ聞こえてこない。

そろそろ寝ようか、と則正さんか幸也さんが言い出すはずの夜の11時を過ぎても、僕たちはみんなリビングから動けずにいた。


今何をすべきか。

僕はここで何をすればいいのか。


状況を改善させることなんてできるわけもなく、それでも何かヒオの、みんなのためになることをしたい。

僕はとりあえずキッチンに立ち、紅茶をいれることにした。

期待も込めて、ヒオと川上さんの分も合わせて6人分。

少しよどんでしまっていたリビングを、柔らかな紅茶の香りが満たしていく。


「いい香りだね」

気づいた幸也さんが微笑んでくれる。

なぜ突然紅茶なんて入れ始めたのか、幸也さんには僕の心の中が見えているみたいだ。

「あったかいミルクティーが飲みたくて」

皆で、という言葉は飲みこんだ。

それは僕だけじゃない、幸也さんも則正さんも祐介くんも、同じ気持ちのはずだから。

「手伝うよ」

カップを並べてくれる幸也さん。あとの二人もダイニングにやってきた。

「カイがいれてくれる紅茶、好きだよ」

則正さんが言う。

「丁寧で、やさしくて」

「ヒオにも飲ませてやりてーな」

皆が言いたくて言えなかったこと。祐介くんが何も気にしない風に言ってくれて、ちょっと胸がすっきりした。


二人分の紅茶をティーポットに残したまま、4人で紅茶を飲む。

温かくて甘い紅茶。張りつめていた心がやんわりほぐれていく。

「こんなにおいしいのに、渋~い紅茶になっても知らねえからな」

ポットをにらみながら祐介くんは言う。

いつになったら出てくるのか、根比べみたいになってきた。

「ま、もうすぐ出てくるだろう」

則正さんは落ち着いたトーンだ。それに幸也さんもうなずいている。


そのとき、ガチャっとドアの開く音がした。

「来た!」

僕は祐介くんと顔を見合わせた。

このタイミング、則正さんは預言者みたいだ。

「あー、腹減った~!」

予想通りのヒオの言葉に、僕たちは吹き出した。

「ごはん、すぐ用意するね」

冷めてしまった夕飯をあたためながら、カップに紅茶を注ぐ。

疲れ切った顔をしている川上さんにもミルクティーを渡す。

「おお、ありがとう。ん、うまい」

心からの様子で川上さんが言ってくれたから、僕もすごくほっとした。

「カイの作るもんは全部うまいんだよ」

偉そうにヒオが言うから、軽く頭を小突かれている。

「そんなもん皆知ってんだよ。でもそれをな、」

まだ何か言いたげな川上さんを制止したのは幸也さん。

「ま、とにかく食べさせましょう。こいつ、腹減ったらどんどん機嫌悪くなるんで」


こうして、ヒオと川上さんは遅い夕食をとった。

そこにヒオがいて、皆でテーブルを囲んで。

当たり前の光景に無性に安心した。いつもの日常がやっと帰ってきた、それはこんないかけがえないものなんだ。


予想通り夕飯だけでは足りなくて、作っておいた小さなパンケーキもすっかり食べ終えたヒオはそのままリビングのソファに転がった。

「おいおい、部屋で寝ろよ」

祐介くんが言いにいったけれど、もうすでにヒオは眠っていた。

「まじか、もう寝てる」

「疲れたんだろうよ」

幸也さんは想像していたのか、用意してあったブランケットをかけてあげた。

「で、ヒオ、どうしたんですか?」

張本人が寝てしまったからこそのタイミングで則正さんが川上さんに問いかける。

「ああ。今日、弁当をクラスでからかわれたらしくて」

「え!お弁当を!?」

今回の騒動は、最近になって僕が始めたお弁当作りがきっかけだったのだ。








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