第21話 守りたいもの①

「今日も夕飯、外で食べてくるな」

最近、幸也さんがそう言って仕事に行くことが増えてきた。


誰かと食事を共にする。そんなこと経験したこともない僕たち年下組は、最初のうちは、「お友達とごはんかな」「ひょっとして彼女?」なんて、幸也さんのそんな事態に少し浮かれていた。それでも、それがあまりにも続いてくると、だんだん心配になってくる。


なぜなら、今日みたいに外でご飯を済ませてくると言って出ていった日、幸也さんはほんの少し疲れた顔をして帰ってくるからだ。


どこに行ってたの?と聞くとお店の名前が返ってくるし、何を食べたの?と聞くと料理名が返ってくる。それでも、「誰と行ったの?」という問いかけには、明確な答えが返ってくることはない。なんとなく濁されているな、というのが分かるのだ。

あくまで優しく穏やかな幸也さんのままなのに、どこか遠い。こんなこと初めてだった。


幸也さんの外食に関してどこまで聞いていいものか分からないまま、数週間が過ぎていた。

少しずつ分かってきたのは、別に職場の人たちとの飲み会でもなく、恋人ができたわけでもないということ。(祐介くんがなんだかんだ聞き出したのだ)

それなら一体?と思いながら、踏み込めないままいた僕たちに答えが分かったのは、何気ない川上さんの言葉だった。


「今日も幸也、遅いのか?」

久しぶりにこの家に来たはずなのに、最近の幸也さんのことを知っているような口ぶりに僕たちは即座に反応した。

「幸也さん、最近どこにいっているんですか?」

そう聞いた途端、しまったという顔をする川上さんの様子に、あまりいい話ではないことが伝わった。

「幸也さん、僕たちには何も言ってくれないから心配で」

「則正さんにさえ言ってないんだぜ」

「なあ、教えてくれよ」

僕たちの必死の攻撃に、川上さんは渋々口を開いた。


川上さんによると、どうやら幸也さんは、親戚に呼び出されているらしい。


幸也さんは、実家の両親とは絶縁関係にある。

幼いころからひどいネグレクトを受けてきた幸也さんは、施設に引き取られそこからこの家に来てからも、一切家族のことを話したことがない。

それでも、なぜか親戚からの呼び出しは断ることなく応じているというのだ。

「なんでそんな…」

「親戚って、幸也さんがネグレクトされてるのを見て見ぬふりしてきた奴らじゃねーのか?」

「川上さん、知っててなんで止めてくれなかったんだよ」

不穏な空気になる年下組を制し、則正さんが問いかける。

「今更、親戚という人たちは、幸也に何の用があるって言うんですか?」

感情を抑えた声だからこそ、則正さんの感情が伝わった。


今、則正さんはものすごく怒っている。それも、僕たちが怯えてしまうほどに。


「詳しい事情は知らない。幸也、オレにも詳しく話したがらないからな」

川上さんは哀しそうにそう言った。

「でもきっと、両親とか親戚とか、そういう奴らの精神的な支配から、まだ抜け出せていないんだろうな」

「そんなこと…」

ひどいと思う。

あの柔和な幸也さんが今も過去に囚われているなんて。

やっと安住の地へと逃れてこれたのに、未だに昔の家を引きずっているなんて。

それでも、未だに過去から抜け出せていない僕には、その気持ちは痛いほど分かる。

僕だけじゃない、皆がみんなそれぞれ過去を抱えている僕たちには、あまりにも分かりすぎる感情だった。


「今日あたり、なんとか吐かせようと思ってここに来たんだけどな」

川上さんの見上げた壁掛け時計の針は、もう夜の11時を指していた。

いまだ帰らない幸也さんの苦しい心を思って、僕たちは皆そっとため息をつくのだった。

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