第8話 昔の夢②

「もうしばらくこうしてようか」

魘されていた僕を起こして水を飲ませてくれた則正さんは、僕の心が不安定なことがなんとなく分かったみたいだった。寝るに寝られない状態を察しては、後ろから僕を抱えたままいてくれるみたいだ。


「みんな心配してたぞ。熱が39.7℃もあったから」

そんなに高かったんだ。どうりでだるかったはずだ。

「…のりまささん、いなかったのに…」

確かにあのとき、則正さんは部屋で持ち帰っていた仕事の資料を整理していたはずだ。

「青い顔して祐介が呼びにきたんだ。カイが死んじゃう!ってな」

笑いながら言うけれど、きっと祐介くんは本気で心配してくれたんだろう。申し訳ないことをしてしまった。

「慌てていけば、カイは幸也に抱きかかえられて意識ないし、ヒオと祐介は泣いてるし、大変だったんだぞ」

「……ごめんなさい」

「謝らなくてもいいよ。こっちこそ、しんどい思いさせて悪かったな」

幸也さんにも謝られ、則正さんにもそんなことを言わせてしまった。

悪いのは、うまく隠せなかった僕なのに。


「のりまささん、ごめんなさい、仕事…」

そうだ、則正さんは確か持ち帰りの仕事をしていたはずなのに、そこでもまた迷惑をかけてしまっている。

「大丈夫。祐介が駆け込んできたとき、丁度終わったところだったから」

「それなら、よかったけど…」

「それより、部屋まで運んだカイがあまりにも軽くて心配したぞ。しっかり食べないと」

則正さんは、そんなことを言って肩口を撫でてくれる。緊張で少し力んでいた体から無駄な力が抜けてゆく。


「なあ、カイ。しんどいときは、言っていいんだぞ」

則正さんの声が真剣さを増す。それだけで、本当に心配してくれていることが分かった。

「みんながカイに掛けられたとすれば、それは迷惑なんかじゃない。心配だ。心配なんて、して当然だろ。一緒に住んでる家族みたいなものなんだから」

本当かな。迷惑じゃないんだろうか。

則正さんや皆を疑うわけじゃない。でも、これまでされてきたことを思うと、本当に言っていいのか分からなくなってしまうのだ。

「僕、これまで、体調悪くなったら殴られてたから…」

おぼつかない言葉をまっすぐ受け止めてくれる。

「だから、ずっと、部屋で隠れてた。寒くても痛くても苦しくても、一人で耐えてきたから…どうしていいのか分かんなくて…」

「そうなんだな。苦しかったな、寂しかったな」

僕を支える腕に力が入る。

「だから今日、幸也さんが気づいてくれて、祐介くんが声かけてくれて、どうしていいか分からなかった。うれしかったのに、何て言えばいいのか分からなくて…」

則正さんが、ぎゅっと抱き締めてくれる。

その力強さが心地よくて、されるがままになってしまう。

「そうか…なあ、カイ。ここはカイの元いた家じゃない。カイの親もここにはいない。分かるな」

ゆっくり頷く。そう、ここはもうあんな暗い部屋じゃなくて、大好きな皆がいて、大切な皆の家だ。

「ちょっとやそっとで昔の記憶とか習慣とか、変えられないよな。分かるよ。オレも皆もそうだ。だから、少しずつでいい。少しずつでいいから、オレたちを信じてくれ。みんなに心配かけてくれよ」


則正さんが少し涙声でそんなことを言うから、僕ももう涙を止められなくて。

体はだるくて熱くて辛いはずなのに、これ以上なく幸せな気分で則正さんに身を任せた。

「…のりまささん、ぼく、しんどいけど、いま、すごく、しあわせかも……」

止まらない涙はそのままにして目を閉じた。

きっと今なら、幸せな夢を見られる気がする。

「ああ。ゆっくりおやすみ」

温かい手に誘われるように、僕は再び眠りについた。


翌朝。

知らせを聞いて駆けつけてくれた川上さんにも「しんどいときは無理せず言え!」と叱られてから抱きしめられて、やっぱり僕は幸せ者なのかもしれない、と噛み締めたのだった。

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