第7話 昔の夢①
夢を見た。
真っ暗な部屋でひとり、膝を抱えて座っている。
外からは楽しそうな声がして、そちらへ行きたいと思っているのに足がすくんで動けない。
「お前なんかが出てきていい場所じゃない!」
「真っ暗な世界がお似合いなんだよ!」
過去に投げつけられた言葉。
そう言って殴られ蹴られたりした経験から、僕はその部屋から「出られる」ということすら忘れてしまった。
おとなしくしていれば怒鳴られない、おとなしくしていれば痛い思いをさせられない。
それなのに、なんでこんなに寂しくて辛いんだろう。
一人は怖い。一人は寂しい。一人は哀しい。
声も出さずに泣く僕は、それでもやっぱり一人で。
何をどうしていいか分からずに、ただ涙を流していた。
そんなとき、ふと涙をぬぐわれるような感覚を覚えた。
なんで?僕は一人なのに。
「……カイ、カイ」
遠くで名前を呼ばれている気がする。
呼ばれたらすぐ返事をしなくちゃまた殴られる。
重だるい体を動かして、声のほうを向こうとする。
「カイ、動かなくてもいいからちょっと目をあけてみな」
優しい声。大好きな声。
その声に導かれるようにうっすら目を開けた。
「起きたか?」
そこにいたのは、則正さん。心配そうな目で僕を見ている。
「…はい」
思ったより掠れた声が出て、のどが渇いていることに気づく。
「魘されてたから起こしたよ。まだ熱高いなぁ」
汗と涙でぐちゃぐちゃの顔をあたたかいタオルで拭われた。
「水分もとっとこうな」
そう言うと、力の入らない僕を背中から抱き起して自分にもたれ掛けさせ、飲み物を飲ませてくれる。
その手つきがとても優しくて、さっきまでの真っ暗な部屋を思い出して、また涙が止まらなくなってしまった。
「どうしたどうした。何か怖い夢でも見たか?」
頭を撫でながら様子を伺う真剣な目に、僕は小さくうなずいた。
夕飯の片づけをしていたときから、なんとなく体がだるかった。
いつもは気にならない水の冷たさがやけに気になって、背筋がゾクゾクし始めたけれど、そんなときどうすればいいのか僕は知らなかった。
「ん?カイ、なんか顔色悪くない?」
飲み物を取りにキッチンへやってきた幸也さんにそう言われたときも、何て言えばいいのか分からず戸惑ってしまう。
「あれ、カイ調子悪いのか?」
幸也さんの声に祐介くんも近くまでやってきた。
心配してくれるのが分かって嬉しい反面、とっさに思ったのは迷惑をかけられない、ということで。
「大丈夫です!」
さっさとこの場を離れようとしたとき、くらりと眩暈がして幸也さんに抱きとめられた。
「熱っ!カイ、めちゃめちゃ熱あるぞ」
一気に力が抜けた体はもう1ミリも動かせそうになくて、その場に崩れ落ちようとする。
「カイ、こっちに力掛けて」
僕の体を支えながら幸也さんがしゃがみ込む。
「オレ則正さん呼んでくる!」
祐介くんは、体格のいい則正さんを部屋まで呼びに行ってくれた。
「え、カイどうしたん?」
ヒオが顔を出す。騒ぎに気付いたみたいだ。
「さっき倒れた。熱あったみたいだ」
「うわ、大丈夫かよ。オレ体温計取ってくる」
ヒオも走っていってくれた。
なんとか隠そうとしたのにこんな大騒ぎにして、迷惑を掛けてしまって申し訳なくなる。
「…ごめ、な、さい。めい、わ、く……」
「迷惑なんて思ってないぞ。こんなになるまで気づかなくてごめんな」
座った態勢のまま僕を抱きかかえた幸也さんは、優しく頭を撫でてくれた。
体調を崩してこんなに優しくしてもらったことなんてなくて、どうしていいか分からなくなる。
いつも真っ暗な部屋で一人、寒さに震え毛布にくるまっていたから。
体調を崩したなんて知られたら、さらに殴られ蹴られ、辛い思いをする。
だから必死にばれないように息を殺していた。
いいのかな。僕なんかが、こんなに優しくしてもらっていいのかな。
「何も考えなくてもいいよ。このまま寝ちゃいな」
穏やかな声を聞けば、もう意識を保てなくて。
僕はそのまま眠りについたのだった。
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