第5話 好きなものを好きでいること①
雨の日はどうにも苦手だ。
なんとなく部屋全体が暗くなるし、雨が屋根を打ち付ける音がいつ止まるか分からないのも落ち着かない。
それに、もっと怖いことがある。
雨の日は、バイクがスリップしやすいのだ。
僕が雨をイヤだと思う一番の理由がそれだった。
別に僕がバイク乗りというわけでは毛頭なくて、事故にあったとか事故現場を見たとか、そういうことも一切ない。
ただひとつ。幸也さんが宅配のバイトをしている、そこに尽きるのだ。
幸也さんは、バイクでお弁当を配達する仕事をしている。もうかれこれ三年になるというから、そのお弁当屋さんの中でもベテランの域に入るそうだ。
幸也さんがバイクに乗る姿を一度だけ見たことがある。
全ての家事を一段落させ、ソファに座りなんとなく窓の外を見ていたら、遠くから屋根のついた大きなバイクに乗る幸也さんが見えた。
その動きはなめらかで、風を受けてすいすい進んでいく。
とても気持ち良さそうでカッコよくて、その日幸也さんが帰ってきたときに早速その話をした。
「そうなの?カイ見てたんだ」
「はい!すごく気持ち良さそうで、すいすい走って、すごくカッコ良かったです!」
「ははは、ありがとな」
柔らかく笑った幸也さんは、僕を優しい目で見てくれた。
「なぜか好きなんだよね、バイク。すごく心地良くて、乗ってると無敵みたいな気持ちになる」
そう話す幸也さんの表情はとてもおだやかで、本当にバイクが好きなことが僕にも伝わってきた。
好きなことを一生懸命頑張る幸也さんが、その時本当にカッコよく感じたのだ。
「僕も、バイク乗ってみたいです」
「うん。いつか乗れるといいな」
そう言って頭をぽんぽんしてくれた幸也さんは、いつもに増してお兄ちゃんみたいだった。
それからしばらくたったころ。
その日は朝から雨で、何となく部屋が重苦しくてイヤだったことを覚えている。
降りやまない雨。湿っぽい空気。
一人で皆を待つのが嫌で、早く帰ってきてほしい、そんなことをずっと思っていた。
だからこそ、夕方に響いた
「ただいまー」
というヒオの声にものすごくほっとしたのだ。
「おかえりなさい」
「あれ、カイ一人?」
「そうだよ」
「今日幸也さん半休で帰るって言ってたんだけど」
「そうだっけ?」
「確か言ってたよ」
二人で皆の予定を書き込んであるホワイトボードを見に行く。
「ほんとだ」
そこには、幸也さんの字で14時帰宅予定、と書かれていた。
「どこか寄り道してるのかなあ」
「雨なのに…」
なんとも言えない不穏な空気が二人を包む。
「ただいま」
そこに現れたのは祐介くん。
17時までのバイトを終えて帰ってきた。
「お帰りなさい」
「なー、祐介のとこに幸也さんから連絡あった?」
「え、ないけど。どーした?」
説明すると、祐介くんも不安げな表情に変わった。
「幸也さん、予定はしっかり知らせてくれるのに」
そうなのだ。どこかに寄り道をして帰ってくるとしても、幸也さんは必ず連絡をくれる。
「本屋に寄ってくる」とか、「コンビニ寄るけど何か買う?」とか。
「オレ、ラインしてみるわ」
「うん、お願いします」
僕もヒオもスマホを持ってはいないから、こういうときに困る。祐介くんが帰ってきてくれてよかった。
「既読つかないなぁ…」
ますます不安が募る。
こういうとき、場の緊張をほぐしてくれるのは幸也さんの役割なのだ。その幸也さんに何かがあったかもしれないと思うだけで体が震える思いだった。
そのとき、リビングの隅に置かれた固定電話が鳴った。
あまり鳴らないそれは、主に川上さんとの連絡に使っている。川上さんから5人全員に連絡したいときとか、何気ない状況確認とか。
川上さんからの電話はだいたい夜だから、まだ夕方と呼べる時間のベルの音は心臓に悪い。
思い切って出てくれてのは祐介くんだった。
「はいもしもし」
話を聞く祐介くんの表情が青ざめていくのが分かる。
「どうしたの?」
「誰からだった?」
受話器を置いた祐介くんに飛びかかる勢いで尋ねた僕とヒオに、祐介くんは静かに言った。
「幸也さんが事故にあったって」
すべての時が止まった気がした。
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