第3話 プレゼントはクッキー①
「なあ、カイ~」
晩ごはんの後片付けをしていたら、祐介くんが声をかけてきた。
「どうしたの?」
お湯を止めて、いったん手を拭く。
「今度、一緒にクッキー作ろーぜ」
「え?クッキー?」
「そ。クッキー」
どうして急にお菓子作り?不思議に思って体ごと祐介くんに向き直った。
僕が家事全般を引き受けて、頑張り始めてしばらく経つ。
それでももともとの不器用さも手伝って、掃除、洗濯、料理の三つくらいしかなかなか完成できていない。
お菓子作りは憧れてはいるものの、いまだ手を出せていない分野だった。
「前に作ってみたいって言ってただろ?」
「そうだけど。え、祐介くんも?」
祐介くんは、料理がからっきしダメで、その分力仕事なら、と言って体力仕事をいつも引き受けてくれている。
そんな祐介くんの口から飛び出したクッキー作りの話に、かなり驚いてしまったのだ。
「うん。作りたいんだけど、経験も自信もないから、カイと一緒なら楽しいかなって思って」
ニコニコして言うから、僕もそんな気がしてきた。
「やってみたい!僕も、祐介くんと一緒にやりたいよ」
「じゃあ、決まりだな」
嬉しそうな祐介くんに、僕までニコニコになる。
「お、何かいい話?」
ダイニングにやってきた幸也さんに問いかけられた。
「実は、」
「ダーメ!これは、オレとカイとの秘密だから!」
話そうとしたら、祐介くんに止められてしまった。もしかしたら、お菓子作りをするなんて知られるのが恥ずかしかったのかもしれない。
「へぇ。いいね、秘密のお楽しみ」
教えてもらえなかったのに、なぜか幸也さんまで楽しそうにしている。
「ははは、いいだろう」
自慢気な祐介くんを見て、僕も笑顔のまま食器洗いを再開したのだ。
それから五日後の土曜日、僕たちのお菓子作り作戦は決行された。
この日、ヒオは学校の補講、則正さんは急な仕事、幸也さんは実家でどうしても外せない用事があるとのことで、家には僕と祐介くんだけしかいなかった。
「よし、作戦を開始するぞ!」
ノリノリで祐介くんは宣言する。
「祐介くん、そのまえに手を洗ってね」
こうして、二人のクッキー作りは始まった。
「でも、どうしてクッキー作ろうと思ったの?」
生地をこねながら、これまで何度も聞いてははぐらかされてきた質問を改めてしてみる。
「んー…明日さ。バイト先のゆきばあちゃんが誕生日でさ」
祐介くんは、ヘルパーの学校に通いながら老人ホームでバイトをしている。
その利用者さんの中でも祐介くんのことを一番可愛がってくれているのが「ゆきばあちゃん」だった。
「向こうでもケーキは出るんだけど、オレだけから何かしてあげたくてさ」
「そっか、ゆきおばあちゃんへのプレゼントなんだね」
「うん」
少し顔を赤らめながら頷く祐介くんが、とても可愛らしく見えた。
祐介くんは僕の2つ上で、皆の中ではいたずらっ子のポジションだ。
小さなイタズラを仕掛けては皆から叱られているけれど、本当はものすごく優しいってこと、皆よく知っている。
祐介くんは、昔両親を失くしてから親戚中をたらい回しにされていたらしい。
今は明るいいたずらっ子だけれど、その頃は常に塞ぎこんでいてじめじめしていた、とは本人の話だ。
祐介くんはそれを過去の話だと笑い飛ばしていたけれど、そのいたずらっ子の裏側で心配性だったり、誰よりも今この家に暮らす「家族」のことを大切に思うあまり細かいことに悩んでしまったり、彼の言う「じめじめ」したところはまだまだ健在だ。
親戚からいじめられてきた分他者に対して非常に厳しかったり、最後に引き取られた遠縁のおばあちゃんにたくさん愛をもらった分、ホームのおじいちゃんおばあちゃんにはとても優しかったり。
そのアンバランスさがまた、祐介くんの魅力なのだと僕は思っている。
誰も彼もを愛するような博愛精神を、僕たちは一欠片も信じていない。
大切な人たちだけをしっかり愛せればそれでいいのだ。
そのせいか、最後にこの家の住人となった僕がなかなか打ち解けられなかったときも、持ち合わせている高いコミュニケーション能力プラス年が近いだけあってすぐに仲良くなってくれた。
「プレゼントなら、キレイなもの作らなきゃだね」
「よし、頑張るぞ!」
こうして意気込みだけは一人前の二人のクッキーづくりがスタートしたのだ。
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