ひっそりと

すいな

ひっそりと

「まーい」

唐突に、一点をぼーっと眺めていた麻衣に声がかかった。

耳元で言われたからたまらない。思わず「わぁっ!」と声を上げてしまう。ついでに、椅子もガタンと鳴った。

周りの人の視線が一斉に自分へ向けられるのを麻衣は感じた。恥ずかしさで、顔が熱くなっていく。

いたたまれない気持ちのまま振り返ると、人の悪いにやにや笑いを浮かべて、由希が麻衣を見ていた。

「ひどいなぁ、いきなり声かけないでよ。びっくりしたじゃん」

軽くにらみながら彼女がそう言うと、由紀は手をひらひらさせて、笑った。

「ごめんごめん、あまりにも反応が面白くて」

いつも通りのコメント。麻衣は言葉に詰まった。私、そんなに面白い反応しているだろうか?

由希に何と言っていいのかわからず黙っていると、突然、彼女が麻衣の耳元に口を寄せた。

思わずそちらに耳を傾ける。

「久門ってさ、絶対恵里香のこと好きだよね」

そう言うと、由希は久門の方をそっと指さした。麻衣の視線も、さっきまで見ていたその方向へ流れる。

見れば、さっきと同じく恵里香と久門が二人で話している。心なしか久門の顔が赤いのは、気のせいではないだろう。


久門は、私たち1年2組のヒーローと言っても過言ではないスーパー男子だ。

まず、外見がいい。つまり、第一印象がいい。

それに加え、頭が物凄く良くて、学校のテストはもちろん、外部の模試でも県内トップを張るほどの実力。

サッカー部に所属してはいるが、サッカーだけではなく、テニス、バスケ、水泳、陸上など、運動全般が得意なのだ。

そのくせ、努力の汗臭さがほとんど感じられない。

そして、これほどのハイスペックなのに、驕ることが一切ない。謙虚で、誰に対しても対等に接する。

完璧だと近寄りがたいようなイメージがあるが、彼の場合は違う。

少し抜けたところがあるおかげで、近寄りがたい雰囲気が拭われているのだ。そのせいで、クラスではいじられがちだが。


一方の恵里香。

彼女は、久門のような万能型ではないが、国語の能力が突出している。

テストの時、国語以外は大体平均と同じかそれより下の点数だが、国語だけはほぼ百パーセントトップを獲っていく。

モデル並みに整った顔で、スタイルもいい。

久門がいじられキャラで、中心から少し離れたところにいるのに対し、彼女はさながら中心に咲く花といったところだ。


麻衣は、由希に頷いた。

本心から言っていないことがバレないよう、できる限り明るく、しかし声を潜めて言う。

「うん。あの二人、マジでお似合いだと思わない?」

「ほんとそれな?」

由希は、わが意を得たりとでも言わんばかりに何度も首を縦に振った。

そして、近くにあった椅子を引き寄せて、ドカッと座った。

「あーあ、うちも久門達みたいに青春したいわぁ」

頭の後ろで手を組んで、天井を眺めている彼女に向けて、麻衣は曖昧に笑った。

彼女の胸の奥の方に、僅かに差すような痛みが走った。


突然、チャイムの音が鳴り響いた。

見れば、もう15分だ。昼休みが終わる時間。

由希が椅子から跳ねるように立ち上がった。

「やっば、次音楽じゃん。教室遠いんだよなぁ…移動時間五分しかないのに。ほら、行こう!」

そう言って、彼女は麻衣の手を引っ張った。

「ちょっと待って、教科書取ってない!」

慌てて言うと、麻衣は机の中を漁った。

由希もどうやら教科書を持っていなかったようで、あたふたと自分の机に向かった。

麻衣は彼女を待つため、教室の扉に寄り掛かった。

クラス全体が、授業前のあわただしさに包まれている。それに紛れ、麻衣はそっと久門を目で追った。


不意に、久門と目が合った。

思わず目をそらしてしまう。

久門も麻衣から視線をずらした。

僅かではあるが、こっちを気にしているように見えるのは、彼女の願望だろうか。

久門のところに男子がわらわらと集まっていくのが、視界の端で捉えられた。


気が付くと、眼前に由希が立っていた。

「まい?行くよ?」

意識を時計に戻す。見れば、移動時間はあと2分。

「ごめん、急ごう」

麻衣はそう言い、由希と並んで教室を出て行った。



その背中を久門がひっそりと目で追っていたことに、二人は気づかなかった。


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ひっそりと すいな @karena15

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