【写真】の力で乗り切れ

 とある日の就寝前。

「明日は8時出勤か。早いな」

「いつもより早く起きなきゃね」

 そんなことを話しながら目覚ましをセットする。

 明日からしばらくの間、オレは出向という名目で先導課へ行くことになっている。係長の当麻が決めたことだ。

「しばらく一緒に出勤できないね」 

 ちょっと寂しそうにする真琴の頭を撫でる。

「1人にしてしまうな」

 嬉しそうにされるがままになる真琴。

「私は大丈夫だよ。36係のみんなもいるし」

 そう言って笑う。

「オレはちょっと緊張するな。先導課はシフト制で不規則だし、うちの課では1人で行動することもあまりなかったから」

 すると、真琴が抱きついてきた。そして、上目遣いで見てくる。

「一樹なら大丈夫だよ。きっと上手くやれる。それに、万が一ダメなら帰ってきたらいいだけだよ」

 元気付けようと明るくそう言ってくれる真琴に頷いて、2人顔を合わせて笑った。



***


 先導課は人の出入りが激しく騒然としていた。どこか呑気なうちの係とは大違いだ。

 

 初日はベテランの死神に先導課の任務についてのレクチャーをひと通り受け、次の日にはまずやってみろ、と現場に1人放り出される。

 皆、自分の任務で忙しく構ってられないのだ。


 先導課は死んだ人をあの世とこの世の門まで連れて行くのが任務だ。オレが死んだとき真琴が来たように、死の瞬間に立ち会い、体から出てきた魂をあの世に繋がる大門に連れて行く。


 オレの初任務は80代の男性だったが、長らく寝たきりだったらしく、魂が体からでてきた途端、体が軽くなったと大喜び。家族に後ろ髪引かれながらも、もう思い残すことはないと地上との境の門までスムーズに案内することができた。

 門での手続きが終わると詰所に帰り、報告書をあげれば任務完了だった。

 そして、すぐに次の任務が言い渡された。

 先導課は忙しい。


 はじめ地上から離れるのを嫌がった人も、上から地上の様子が見られることを聞くと了承する人が大半だった。やはり遺していく人が心配らしい。けれども中には頑なに自分の死が受け入れられなかったり、地上を離れることを拒む人がいる。それを説得するのも大事な任務の1つでそれが長引くとなかなか上に帰ってこられなかった。


 オレはまだ入りたてで比較的簡単なケースが多いこともあるだろうが、丸1日かかると言うことはなく、先導課の死神からは素質があるから正式にうちに来なよと誘われていた。

 自分でも任務的には警護課よりこちらの任務の方が向いているとは思っている。悪意に触れることはそうないし、悲しんでいる人に寄り添うのも苦ではなかった。 


 しかし、残業は当たり前の3交代のシフトということで、真琴とは生活時間が合わなくなっていた。できる限り一緒に過ごしているが、なかなかゆっくり話す時間が取れない。


 生前なら仕事優先で我慢するしかないだろうが、死神になってまで一緒にいようと思ったのだ。この状態が続くのは正直辛かった。


 そんな時、真琴がある提案をした。

「一樹。蓮水さんがね、お互いの写真を持ち歩いたらいいんじゃないって。そしたら、寂しくなったら顔が見られるからって」

 辛いと思っていたのは真琴も同じで、なんとか今のこのしんどい時を乗り切ろうと蓮水に相談したのだろう。

 他に良い方法が思いつかなかったこともあり、早速実行することにした。


 それから、お互いの写真を任務の合間に見るようになった。本物には敵わないが、それを見ると仕事が頑張れそうな気がした。


 そうして2ヶ月ほど経って、当麻に36係に呼び出される。そこには、不安そうな顔をした真琴かいた。

 当麻は自分のデスクに頬を付き、至極真面目な顔で話し始めた。

「一樹。お前を先導課に出向させたのは、お前に適性があれば先導課に移動させようと思っていたからだ。うちの任務は辛そうだったからな。そしたら、お前があっちに行って早々に先導課からぜひ正式に来てほしいという声を貰っていた。それで、この間先導課の係長とも最終的な話をしたのだが」 

 ついに来た。とオレは思った。なんとか断れないかと口を開きかけたが、当麻は思いがけないことを言葉を放った。

「一樹と真琴。2人揃って保護課に移動だ」

「2人揃って?」

 オレと真琴は顔を見合わせる。

「お前らなぁ。ここ最近、暇があれば互いの写真ばっかり見やがって。お前らは引き裂かれた恋人か。織姫と彦星か? 見てられないんだよ!」

 当麻は困ったように怒ったようにまくし立てる。

 写真がそんなに影響を与えていたとは。

「保護課は、先導課と警護課の中でも優秀な人材が集まる。いわばエリート部署だ。まだ死神になって日の浅い一樹と年若い真琴にはしんどいかもしれん。けれど、お前らが2人揃って仕事ができるのはそこだけだ。将来有望だからと無理を承知で推してやったんだ。根性でやってけ!」

 フンと言いたいことを言ってそっぽを向いた当麻を見て、2人揃って頭を下げた。

「ありがとうございます! 頑張ります!」



***


 それから数年。

 互いに助け合いながら2人でがむしゃらにやってきた。

 今では、知らないものはいない保護課の名物コンビだ。


「真琴。新しい任務がはいったぞ」

「え〜。前の仕事片付いたばかりなのに〜」

 中庭のベンチで昼寝をしていた真琴は不満げな声を出す。

「ほら」

 オレが手を差し伸べると、真琴は嬉々としてその手を取って起き上がる。

「ちゃちゃっと片付けて、次は長めの休み貰おうね!」

 手を繋いだまま2人一緒に歩き出した。

 

 


                (了)

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マンホールの蓋の下から始まる物語 万之葉 文郁 @kaorufumi

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