【三日月】に願いを込めて
食事や風呂なんかを済ませて寝るまでの穏やかな時間。
ソファーに腰を落ち着けていると、真琴がマグカップ2つと何かが載ったトレイを持っ来て、ローテーブルに置く。
お揃いのマグカップにはミルクたっぷりのカフェオレが入っていて、白い平たい皿には焼き菓子が入っていた。
「三日月型のクッキー。かわいいでしょ? 今日太一くんと作ったの」
「おいしそう。よくお菓子とか作るんだ?」
「太一くんにねだられるの。譲葉さんはあんまり甘いもの買ってこないからって」
真琴もオレのすぐ隣に座る。そして、ふぅふぅ息を掛けてからゆっくりとマグカップに口を付けた。そして、ひと息つく。
「こうやって夜ゆっくり2人で過ごすのは久しぶりだね」
真琴の嬉しそうな顔を間近で見て、しばらくこの顔を見ていなかったことに気付く。
このところ用が済めば、疲れたと言ってすぐにベッドに入っていた。こうやって2人でのんびり夜を過ごすのはいつぶりだろうか。
真琴は口には出さないが寂しい思いをさせていたと思う。
「なかなか話もできなくてごめんな」
オレの謝罪に真琴は慌てて首を横に振る。
「謝る必要はないよ。一樹がいつも頑張ってるのわかってるから。なんかカウンセリングの先生に話をして楽になったみたいだね。先生はなんて言ってたの?」
真琴はコーヒーカップをもて遊びながらさり気なく尋ねてくる。
「オレがなかなか悪霊に慣れないのは、生前に強い悪意を感じて心が傷付いいるかららしくて、それを治すのに時間がかかるらしい。これからしばらくカウンセリングに通うことになった」
「そうなんだ……」
真琴の視線が足元に落ちて黙り込む。治療に時間が掛かるのにショックを受けたのだろうか。
「時間を掛ければ改善するだろうって言われたよ。時間が掛かるかもしれないけど、きっと大丈夫だよ」
真琴を元気付けようと言った言葉だったが、真琴の表情は晴れなかった。
「一樹はいつも大丈夫って私には何も話さないね。私はそんなに頼りないかな」
「そんなことないよ」
悲しそうな声音に即座に否定するが、真琴は激しく首を横に振る。
「頼りにしてるなら、どうして辛いとか苦しいとか一言も言ってくれないの! 一樹はいつもそう。再会して死神になってから。ううん、私が死ぬ前から、一樹は私に弱音を吐いたこと一度もないよね。家にいるのが苦痛な私を連れ出すために出掛ける予定の日に熱を出しても、何もないふりして迎えに来てた」
確かに昔、そんなことがあった。結局その時は気分が悪くなって、途中で帰った覚えがある。
「それは子どもの頃の話だろ」
「でも、一樹は全然変わってないよ。……私知ってるんだよ。一樹はいつも私を家族や周りの悪意から守ろうとしてたって。私がそのことに気がついて悲しまないようにそんなことおくびにも出さないでいたって。そして、その時感じた悪意が今、一樹を苦しめてるってさっきわかった」
「真琴……」
真琴の言葉にオレは今更ながら昼間、蓮水さんに言われたことを思い出す。
大丈夫としか伝えないから余計に不安になる。オレがとった真琴を不安にさせまいとした行動が、却って彼女を不安にさせていたのだと。
真琴の手がオレの手に重なった。
「ねぇ。私たちこれからずっと2人で一緒にいるんだよ? 2人で並んで生きていくの。だから、これからどうしたら一樹が苦しまずに過ごせるかを私にも考えさせて」
オレの顔を見て真摯にそう訴える真琴の目は少し潤んでいた。
オレは重なられた真琴の手を握る。
「わかった。これからはそうする。ちゃんと言うよ」
そう目ををまっすぐ見て伝えると、真琴はようやく笑顔になった。
肩の力が抜けた様子の真琴は、三日月のクッキーをひとつ摘んだ。
「三日月はこれから満ちていく月でしょ。願いを叶えてくれるんだって。一樹がこれ以上辛い思いをせず楽しく暮らせますように」
そう言って、オレの口にクッキーを近づける。反射的にオレは口を開けそれをパクっと食べた。穏やかな甘さが口に広がった。
「おいしい」
「でしょ? 思いをいっぱい込めたからね」
そして、真琴は今度は自分の口にクッキーを放り込んだ。
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