遠い【記憶】を引き出せば
カウンセリングから詰所に戻ると、当麻がちょうどお昼に出ようとしているところだった。
「おう、帰ってきたか。カウンセリングどうだった?」
当麻が尋ねてくる。
「少し気が楽になった気がします。これからも定期的に話を聞いてもらうことになりました」
「そうか。楽になったんならよかった。無理せずやれよ」
当麻はオレの肩をポンと叩いて部屋を出ていった。
当麻が出ていき、部屋には蓮水とオレの2人だけになった。
「真琴から午後3時くらいまで太一くんの相手をすることになったって連絡があったわ。お昼も彼と食べるって」
蓮水が真琴からの伝言を伝えてくれる。
さっき会った譲葉がカウンセリングを受けているからだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
オレは一人だと昼食を摂るのも面倒くさいので、書類整理をしようと自席に向かおうとする。そこを蓮水に呼び止められる。
「一樹くん、今日は八雲が別の係に応援に行ってるから私も一人なの。もうすぐ七瀬くんが帰ってくるし、一緒にお昼行かない?」
普段はない蓮水の誘いに内心驚いたが、特段断る理由がないのでオレは了承した。
***
その後、間もなく七瀬が帰ってきて、オレと蓮水は詰所内の食堂にやってきていた。
時間が少し遅いこともあって、人はまばらだった。
オレはカレーライスを、蓮水はパスタを選んで適当な席に向かい合わせで座る。
何を話したらよいかわからず気まずい。オレはカレーライスをひたすら口に運んだ。
そこに蓮水がフォークをクルクル回しながら話しかけてくる。
「カウンセリングは良かったみたいね」
「最初は緊張しましたけど、話を聞いてもらえてよかったです。カウンセリングの先生ってあんなに話がしやすいんですね」
「まぁ。プロだからね。宮城さんはいつからここにいるかわからないくらい古株だし。大ベテランよ」
だから、年齢不詳な見た目だったのか。不思議と安心する彼の顔を思い出す。
「そう言えば、譲葉くんもカウンセリング受けてるんですね。さっき会いました」
蓮水がパスタを食べる手を止めて、こちらを見る。
「彼に会ったのね。なんか言ってた?」
「えっと……全て一人で抱えこんで、1人で勝手に潰れてしまうことは、この死神の世界で1番の罪だと。パートナーを頼れと」
「そう。そんなことを」
「とても、切羽詰まった印象を受けました」
「まぁ、そうでしょうね」
「……何かあるんですか?」
オレの質問に、蓮水はしばらく考えてから口を開く。
「真琴の耳には入れてないけれど、古くからいる死神はほとんど知ってるわ。彼、過去にパートナーに去られているの」
「去られた……?」
蓮水は、記憶を辿るように宙を見た。
「譲葉くんもこちらに来た頃は真琴のようにパートナーを待つ側の死神だった。彼も数十年後に相手を迎えに行き、相手は最初戸惑ったものの、彼の熱意に圧されて死神になった。彼はそれは喜んでたわ。でも、相手は死神の世界に馴染めず、そして、それを彼に言い出せず一人で抱え込んだ結果心を病んだ。今は街外れの療養所にいるはずよ。そして、相手を支えられなかった譲葉くんも相当精神的に不安定になった。それ以降ずっとカウンセリングに通うだけの日々を過ごしていたの。数年前から太一の教育係になって、また少しずつ動けるようになってるけど」
「そんなことが……」
オレは、語られた話にショックを受けた。程度は違うがオレと真琴とほとんど同じ状況だ。うまく言葉が出てこない。
「譲葉くんは同じような境遇の真琴をいつも気にかけてた。普通ならそんな過去の辛い記憶を思い出させるような相手遠ざけてもおかしくないはずなのに。彼は真琴に自分のような思いをして欲しくないのよ」
譲葉の真剣な眼差しを思い出す。あの目にはそんな真意があったのか。
「そして、私が貴方を呼び出してわざわざこんなことを話したのには訳がある」
蓮水はオレの目をじっと見つめた。思わずオレの背筋は伸びる。
「最近真琴が貴方を心配して元気がないの。貴方、大丈夫としか言ってないんですってね? 強がってないで本音をさらけ出してしまいなさい。これ以上私のかわいい真琴を不安にさせたらただじゃ置かないから。しっかりしなさいよ!」
檄を飛ばされたオレは、自分が相当周りを心配させていたのだと思い知る。
「ありがとうございます。ちゃんと自分の現状と向き合ってみます。真琴とも話をします」
そう言ったオレの言葉に蓮水は満足そうに目を細めた。
「わかればいいのよ。ちゃっちゃと問題解決しちゃって2人でイチャイチャしなさいよね。せっかく真琴とその手の話ができると思ったのになかなか進展しないんだからつまらないわ」
「え……その手の話って?」
「ふふっ。それは女子の秘密よ」
蓮水は意味ありげに微笑んだ。
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