4、終末の足音
「お嬢様を、返せ!!」
庭園の中央に突如現れた巨大な漆黒竜。ラクティはその威容を相手でも、ひるむことなく突貫した。二本足で立つ竜のその足へ、メイスを振って襲い掛かる。
ゴッという音と共に炸裂するメイス。しかし、竜の体表は妙な手ごたえで、ダメージが入らない。直後、尻尾の薙ぎ払いにより彼女は吹き飛ばされた。
ラクティは既に何十回と攻撃を加えているが、漆黒竜には全く効き目がない。逆に尾による攻撃や、羽ばたきによる暴風で何度も吹き飛ばされ、既にエプロンドレスはボロボロでメイスも歪んでいた。
「あの
よろよろと立ち上がり、それでも竜に立ち向かうラクティ。
いよいよ竜も苛立ちを感じたのか、彼女に向けて大きく口を開き咆哮する。その口の奥には黒い炎が燃え盛っていた。
一瞬の溜めの後に、漆黒竜は黒い火球を発射した。ラクティに迫る火球は、着弾すると黒炎を噴き上げた。しかし、その炎は彼女を焼くことは無かった。
「ラクティさん」
クロスが閃術シールドを展開し、黒炎を防いでいた。
「あぁ、朴念仁、やっと来ましたか……」
彼の姿をみて安心したのか、ガクリと膝を付きながらラクティは呟いた。
「ぼ、ぼくねん!?」
ラクティからの言葉にクロスが戸惑っている間に、黒炎を防がれたことを察した漆黒竜は、クロスを威嚇するように吠える。
『防壁の起動反応がある。二つとも奴の中からだ』
スミシーの分析を聞き、クロスが漆黒竜を睨み上げる。
(位置はわかるか?)
『ずいぶんとぼんやりしていて、正確な位置がつかめない』
「迂闊に攻撃できないか……」
漆黒竜を見上げるクロス。そこへ、ルアシャが駆けつけた。
「親友!」
ルアシャは目の前の漆黒竜を見上げ、それに相対しているクロスとラクティを確認する。
「これは一体、どういうことなのだ!?」
状況を理解しきれないルアシャが戸惑いの声を上げる。
「今から中へ行って、ヴィラを助ける」
「親友、何を言って──」
クロスは義手から展開するシールドの展開範囲を更に拡大し、全身を覆う。
「クロス様」
ラクティがルアシャに支えられつつ、声を出す。
「あの
クロスは力強く頷き、飛翔した。
竜はクロスへ威嚇の咆哮を発する。シールドを展開したクロスは、その口の中へと突入した。
巨大な漆黒竜が庭園に突如出現したことにより、ダンスホールは騒然としていた。
「あれはまさか、"大崩壊の亡霊"!?」
漆黒竜を目の当たりにし、ププトは驚きと共に述べた。
「先生、ご存じなのですか!?」
リウスは先を促すように、ププトに問う。
「500年前の"大崩壊"を引き起こした元凶です。まさかヴィライナ嬢が……?」
「そ、そんな……」
ププトの説明を絶望の眼差しで聞くアトラ。そんなアトラの横に立つ男が述べる。
「安心しろ、アトラ! ここには建国九聖にも劣らぬ実力者と……」
その男、レクスリーが手を翳すと、彼の白鱗である
「白鱗がある!」
レクスリーは光輝を翳し、同志たちへと告げる。
「白鱗を持ちし者たちよ! 我に続け!!」
彼の鼓舞に応じ、一人の男が歩み出る。
「仕方がないですね」
ジャスが歩を進めつつ、首に掛けていた羽衣状の白鱗・
が、それ以降、呼びかけに応じる者は居なかった。
「どうした! 白鱗を持つ者として、あの邪悪を撃ち滅ぼそうぞ!」
レクスリーが、アトラとリウスに向け訴えかける
「でも、あそこにはヴィライナ様が!」
「僕は、ヴィライナ様に刃は向けられません」
しかし、二人はレクスリーには応じず、ただ悲壮な表情で竜を見上げている。
「ばかなっ! あれこそがあの女が邪悪であることの証左ではないか!」
レクスリーはリウスに詰め寄り、その首根っこを掴んだ。
「今しばらく、時間を稼いでは貰えぬか」
騒然とする彼らの前に、ボロボロのラクティを抱いたルアシャが現れた。
「ルアシャ! 貴様今までどこに!!」
詰め寄るレクスリーを意に介さず、ルアシャは言葉を続けた。
「今、あの中に我が親友が突入した」
ラクティをダンスホールのソファーに寝かせつつ、ルアシャが述べる。
「クロスさんが!?」
アトラが悲鳴のような声を上げ、竜に視線を向ける。たしかに、竜は先ほどからほとんど動いていない。
(中でクロスさんが……?)
何とか解決に向けて動いているのではないか? そのアトラの思考は、二名の男の言葉でかき消される。
「奴は治安省に拘束されたはずだ!」
「これは完全に黒ということですね……」
レクスリーとジャスは今にも襲い掛からん勢いで告げる。
「ばかな! 確かな証拠もない状況で、そのような決めつけを──」
ルアシャの言葉を遮るように、漆黒竜が天に向けて吠えた。すると地面に黒い染みが出現し、その染みから漆黒の女性が立ち上がった。
その姿は、彼らの良く知る人物そっくりであった。
「まさかヴィライナか!?」
「本物ではないようですが!!」
明らかに友好的ではない雰囲気の黒い人型に対し、レクスリーは咄嗟に構える。
そんなレクスリーに、黒いヴィラが襲い掛かった。
「ぐっ! 実力は本物同等だぞ!?」
閃気を纏う連撃を光輝でいなすレクスリー。
「殿下!!」
ジャスが射出した水弾を飛ぶように回避したかと思えば、次の瞬間にはジャスに肉薄する黒いヴィラ。
「やらせん!」
ジャスに到達するより早く、レクスリーの斬撃が黒いヴィラを襲う。しかし、黒いヴィラはそれもひらりと回避した。
レクスリーが接近戦を行い、ジャスが中距離から援護する。黒いヴィラは、二人を相手にしても互角に立ち回る。
「このっ!!」
苛立ちまぎれにレクスリーが放つ大振りを、黒いヴィラは跳躍で躱し、そのままレクスリーの頭部を蹴って飛翔。ジャスの目の前に着地した。
「くっ!」
いきなりの接近に焦りつつも、水を広げて防壁を展開するジャス。その防壁に両手で連撃を打ち込む黒いヴィラ。
「ぐぅっ!!」
あまりに激しい連撃により、水の防壁がゴリゴリと削れていく。
「ジャァァァァス!」
横合いからレクスリーが放った"飛ぶ斬撃"は黒いヴィラの胴を通過し、上半身と下半身を分離させた。2つに分断されたヴィラは、霞のように消え去った。
「はぁ、はぁ、やはり偽物か……」
「しかし、これで、はっきりしましたね……、アレを復活させたのは、やはりヴィライナ嬢のようです」
レクスリーとジャスは肩で息をしつつ述べる。
「貴様ら、これでもまだ庇い立てするか!」
レクスリーの言葉に、ただ無言で俯くアトラとリウス。ルアシャも言葉なく沈黙している。
そして再び竜が咆哮する。
「なっ!?」
ジャスが恐怖をはらんだ声を上げる。
先ほど同様の黒い染みが複数出現し、計10人の黒いヴィラが出現したのだ。
「な、なん、だと……」
(1体であれほど苦労したというのに……)
「ぬぅ、四の五のとは言ってはおれぬか!」
ルアシャも白鱗を起動し、構える。
「アトラ! リウス! 非戦闘員たちを護れ!」
「「は、はい!」」
レクスリーの檄で二人も覚悟を決める。
アトラは腰に下げた明星を抜き展開させ、リウスは
「戦える者は我に続け!」
レクスリーの鼓舞に、警備の騎士や、腕に覚えのある華族たちが抜剣する。
そんな彼らの士気をあざ笑うかのように、10体の黒いヴィラは、更に絶望的な光景を展開した。
10体全員が、両手に光の戦輪を出現させたのだ。
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