3、親友

 漆黒の竜現出から遡ること数十分前。

 皇都の建物、その屋根の上を疾走する人影があった。



 クロスはブーツのジェットを噴射し、建物の屋根から屋根へと飛び移り、皇都内を移動していた。

「チッ、こっちにも居るか」

 建物下へ視線を向けると、そこには治安省の衛士が数名徘徊している。彼らは追っ手である。

『予定では、まだパーティーは開始してないはず。大丈夫、間に合うさ』

(何としても間に合わせる)

 治安省の衛士に連行されたクロスは、彼らの隙を突いて逃走した。が、相手は皇都を守る治安機構だけあり、簡単には目的地には向かわせてもらえなかった。

(行先がバレバレだしな……)

 仕方なく、クロスはこうして屋根の上や壁の上など、道なき道を進んでいる。


 下からの「いたぞー!」という声を聞きつつ、クロスは屋根の上を駆ける。


 大きく跳躍し、幅広の道を飛び越え、向かいの建物の屋根へと降下するクロスは、そこに待ち構えていた人物から凄まじい殺気をぶつけられた。

「!?」

 咄嗟に身を翻し、クロスは地面へと着地した。


 突然人間が降ってきたことで、周囲が騒然となる中、その人物も屋根から飛び降り、ふわりと地面に着地した。

「親友、どこへ向かうつもりですかな?」

 泰然とした様子のルアシャ・モヌークは、クロスに問う。

「……」

 ルアシャからは肌にビリビリと刺さるような気配が発せられている。

「親友には"殺人容疑"がかかっております……」

「俺はやってない」

 ルアシャはその目を力強く見開き、クロスを見据える。

「拙僧とて、そう思っている。殿下やジャスの言う戯言ことなど到底信じられぬ。だがしかし、だからこそ、今は大人しくしてほしいのだ。拙僧も微力ながら、親友の罪を晴らす手伝いをさせていただく。こんなことをしていては、自分が不利になるだけですぞ!」

 力強く語るルアシャの目には、祈るような思いが込められていた。


「今行かないとだめなんだ。これから大変なことが起こってしまう」

「一体なにが起こると? このようなことをしてまで、親友が向かわねばならぬと?」

(何と言えばいい? ラスボスが出現する? 世界が滅ぶ? ゲームで未来を知った? 荒唐無稽過ぎる……)

「頼む通してくれ、行かないといけないんだ」


 クロスの言葉に、ルアシャは構えた。

「これも友情ゆえ……」

 両手に装着した篭手が白い光を宿す。

「拙僧とこの、白鱗はくりん雷焔らいぜんが親友を止める」

 閃気を纏うルアシャから、殺気という名の凄まじい"圧"が放出される。剣呑とした空気に、周囲でざわついていた野次馬が一気に逃げていく。


("止める"とか言って、る気まんまんなんじゃないのか……?)

 急に閑散とした街中に、ルアシャとクロスが向かい合う。

(勝てるのか? ルアシャと雷焔に……)

 冷汗を流しつつ、クロスも覚悟を決め、インベントリから刀を取り出す。


「参る」

 ルアシャの言葉の直後、爆発するような衝撃と共に、目も眩むような閃光がクロスに迫る。

 急接近する眩い光を、クロスは回避する。光とともにルアシャの拳が通過し、クロスの背後にある建物の壁が消失した。

「完全にる気だろ!!」

「ふっ、親友なら避けると信じていた」

 そんな信頼されたくない! と内心で叫ぶクロスに向け、ルアシャは白光の拳で裏拳を見舞う。クロスをそれを仰け反り回避し、しかし直後に襲い来る回し蹴りまでは避けきれず、両腕で防御する。

「ぐっ!」

 予想以上の蹴りの威力に、ガードしたにも関わらず、そのまま吹き飛ばされるクロス。

 吹き飛ばされながらもインベントリからポーション3種を取り出し、一気に投与する。


 地面を滑りながら着地したクロスの全身から黒い粘液が滲みだし、強化外殻を形成した。

「それが親友の全力か!」

 クロスは屈んだ状態で一気にルアシャへ接近。彼が閃光とともに繰り出す突きを、更に下へ回避。ほぼ地面に這うような体勢から、体全体の回転を使って鞘に納めたままの刀を振るう。

 ガキィッという音と共に、刀はルアシャの左篭手に防がれた。続けて左篭手が展開する。

(あの白い光がくる!)

 クロスはすぐに刀を引き、這った状態から跳ね上がるようにルアシャの背後へ回り込む。それに合わせるように、ルアシャの後ろ蹴りがクロスを襲う。

 左腕でガードしたクロスは、しかし、そのまま後方へ数m飛び退き、地面を滑る。


「やはり、大技では親友には当たらぬか」

 ルアシャは篭手の閃光を消し、代わりに全身に籠める閃気を爆発的に強めた。

(まだ強化されるのか……)

 強まる圧に、強化外殻内でクロスは冷汗を垂らす。



 突進の踏み込みで地面を割りながら、ルアシャが接近する。

 その突進軌道上、迎撃するように刀を突きだすクロス。しかし、流水のような手捌きでルアシャはそれを往なし、あっさりとクロスの懐へと入り込んだ。


「親友よ、納刀状態そのような覚悟では、拙僧は倒せぬよ」

 間近から聞こえるルアシャの声に、クロスの背筋が凍る。

 がら空きとなったクロスの胴へ急接近するルアシャの右拳。衝突の直前、クロスは左足を上げ、その拳打を防ぐ。

 更に続けてルアシャは密着状態からの攻撃を繰り出す。クロスは即座に刀をインベントリに消し、徒手でそれらに対応する。

 ルアシャの繰り出す連撃に、クロスの外殻が少しずつ削れていく。

(ぐっ、この距離はキツイ!)

 間合いを詰められたことで、完全にルアシャの距離での戦いを強いられる。更に、徒手による格闘の技量ではルアシャが圧倒的に上である。加速ポーションの効果があればこそ、ギリギリ対応できていた。

 ルアシャの拳撃を左腕で防ぎ、その状態からルアシャの顔面目掛け、左腕義手の手首を発射した。

「!?」

 完全に不意を突いた攻撃だったが、それでもルアシャはそれに対応し、首を傾けて回避した。

(これも想定の範囲内だ!)

 その隙にルアシャの右側に回り込んだクロスは、インベントリから再び刀を出しつつ、ルアシャの背中目掛け横薙ぎを一閃する。


 衝突と共に閃光が迸る。その結果、クロスの刀は中ほどから焼け落ちていた。

 斬撃接触の直前、ルアシャは雷焔を発光させつつ後ろ手でクロスの斬撃を迎え撃っていた。


「そのような奇策まで持っているとは、さすがは親友」

 コキコキと首を鳴らしつつ、クロスへと向きなおるルアシャ。クロスは破損した刀を収納し、予備の左手を義手にセットする。

「ふっ、もうその"手"はもう効きませんぞ?」

 再び構えるルアシャは、どこか楽しそうである。

(ここでこれ以上、時間も装備も失う訳には……)

 時間と装備を失い、内心焦りつつ、クロスも構える。

 先ほどの攻防において、徒手では圧倒的に不利であると判明している。だが、刀を失った以上、"コレ"しか残されていない。


(これ以上、まともにやり合っていてはダメだ……)

 何とかしてルアシャを回避する。その方法について逡巡するクロスだが、相手はそれを待ってはくれなかった。

 再び、地を割りながら突進してくるルアシャに、クロスが合わせて──


 瞬間、彼方の地で黒い柱が立ち昇る。


「っ!?」

『膨大なエネルギー……、何かが現出する!?』

「な、なにが!?」

 茫然と見上げるルアシャ。

「まさか、親友が言っていたのは、あれか……」

「ヴィラ!?」

 全てのスラスターを全開にし、学園へと向かうクロス。もはやルアシャもそれを止めなはしなかった。

 黒い柱はやがて竜へと変じた。

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