断罪の章 ラブレス・オブリージュ 終末エンド

1、卒業記念パーティー

「とうとうこの時が来たっすね……」

 ここは学園の庭園一画。ピラットはベンチに腰掛け、クロスはその横で使用人然として控えている。


 あと1時間ほどで今年度の卒業記念パーティが始まる。"原作"では、このパーティーで"断罪イベント"が発生し、そのままラスボス戦へと突入することになる。

「断罪イベントは、起きるのか?」

 悪役令嬢ムーブをしていたヴリハスパティ侯爵令嬢は亡くなってしまった。現状では、既に断罪相手が存在しないことになる。


「いろいろと想定外すぎるっす」

 基本能天気なピラットですら、頭を抱えている。

「"あの事件"はイベントには無かったんだよな……?」

 クロスは敢えては言わないが、暗に"ヴリハスパティ侯爵令嬢による襲撃"を指して問う。

「彼女は、作中では名前すら出てこないっす。自分も設定でしか知らなかったっす」

 ピラットほどのオタクでなければ、存在すら知らない程度の登場人物ということらしい。

「もう、断罪イベントがどうなるのか、自分も予測不能っすよ……」

「……」

(結局、俺にできることは準備しておくくらいか……)

 白鱗ラボで発見した"ケイヴァーライト"により、クロスのツールボックスは「ツールボックスIIIG」に進化した。

(IIIに進化したら、"G"が付いたけど、なんなんだろうな……)

 少々の疑問は発生したが、進化したことにより、レシピにはこれまでの装備を超える新たなアイテムが出現した。しかし、それらを製作するためには素材が圧倒的に不足していた。

 そこで、クロスは素材収集用のミニオンを多数派遣し、必要素材の収集を行なわせた。


(スミシー、素材の収集率は?)

『97%、素材が集まりさえすれば製作はすぐなんだけどねぇ……』

(ちょっと間に合わないか……)

 残り1時間、素材豊富な場所などを引き当てれば、一気に到達する可能性はあるが……。


(結局、新しく準備できたのはこのくらいか……)

 クロスはインベントリからブレスレットを3つ取り出す。使い捨てではあるが、強力な障壁を展開し、装着者を一定時間自動で保護してくれるアクセサリである。

 3つはヴィラとアトラ、そしてついでにピラット用である。


「とりあえずこれを準備した。3つあるから、これをヴィラとアトラ、それにまぁ、ついでだがお前に──」

「クロスだな?」

 ベンチの横に皇国治安省の衛士2名が近づき、クロスに問いかけた。その後ろには、更に3名の衛士が居る。

 クロスはその瞬間、ブレスレットをベンチに落とした。

「同行してもらおうか」

「ま、まさか、任意同行ってやつっすか!?」

 ピラットの問いかけに、衛士は厳しい表情のまま答える。

「任意ではない。貴様を華族令嬢殺害の実行犯として捕縛する。来い!」

 クロスは2名の衛士により、両腕を抱えられるように拘束された。

「く、クロス氏!?」

 クロスはちらりとピラットと目を合わせ、ベンチの上のブレスレットに視線を送った。ピラットは静かに頷く。

「さぁ、行け!」

 両脇を抱えられたまま、クロスは連行されて行った。




 学園のダンスホールにて、卒業生を祝うための"卒業記念パーティー"が開始された。卒業記念を銘打っているが、卒業生以外にも在校生も原則全員参加である。

 このパーティは、卒業生にとっては、自身の両親に見せる子供としての最後の晴れ舞台であり、在校生にとっては、人脈作りを目的とした社交界としての意味合いがあるためだ。


 立食形式の食事が振舞われ、一流の楽団がダンス音楽を奏でる。煌びやかなダンスホールが、それを一層引き立てる。


「近寄れないっす……」

 ピラットは、クロスが残したブレスレットを何とかしてヴィラに渡すべく、様子を伺っていた。壁の花と化していたアトラにはすぐに渡せたのだが、あちこちの華族との挨拶を続けているヴィラには未だに渡せていなかった。

(男爵令嬢風情では、あそこに近づくのにどれだけ時間がかかるか……)

 原則として高貴な方への挨拶は、身分が高い者が優先される。ピラットのような男爵令嬢などは末端の末端である。



 ピラットがやきもきしているうちに、楽団の演奏が止まる。

「お集まりの皆さま方! 少しこのオレ、レクスリー・オーム・アディテアの言葉を聞いてほしい!!」

 ホールの檀上に立つレクスリーが、大声で呼びかける。

「ま、まさか! 断罪イベントが始まるんっすか!?」

 慄きながらピラットが視線を向ける壇上、そこで、今まさに、最後のイベントが始まろうとしていた。



「まずは卒業される先輩方にお祝いを! そして、卒業記念パーティーというこの場に似つかわしくない事柄をお伝えさせていただくこと、どうかお許しいただきたい!」

 レクスリーは浪々と述べ、腰を折り頭を下げる。ダンスホールの聴衆たちは、ざわざわと戸惑いつつも、皇太子の言葉に耳を傾ける。

「先日、この学園にて大変痛ましい事件が起こりました。ヴリハスパティ侯爵令嬢、ティーテ・サブス・ヴリハスパティ嬢が、何者かによって殺害されたのです」

 まだ記憶に新しい悲劇に、会場は沈痛な空気で満たされる。

「私はここに至り、今回の事件の犯人を突き止めました!」

 再びざわつく会場。レクスリーは、そのざわつきが収まるまでじっと待つと、その鋭い視線をヴィラへと向けた。

「ヴィライナ・プラマ・チャンドラ! 貴様をヴリハスパティ侯爵令嬢、ティーテ・サブス・ヴリハスパティ殺害の黒幕として告発する!」

「な、なんですとー!?」

 ピラットの叫びが書き消されるほど、周囲からは叫びとも悲鳴ともつかない声が多数上がる。。そして、ホールの中で人に紛れていたヴィラの周囲から人々が居なくなり、ヴィラだけの空間が出来上がった。


 レクスリーと同様、ジャスも壇上へと上がる。

「貴女は自身の立場を笠に着てティーテ嬢を脅し、アトラ嬢への数々の嫌がらせや、ならず者を嗾けるなど、様々な悪事を行わせた」

「そんなっ!」

 ジャスの話す内容に、同じく会場に居たアトラから、悲鳴のような声が上がる。

 ジャスの後を引き継ぐように、レクスリーが言葉を続ける。

「さらに、ティーテ嬢が反抗の意思を見せれば、貴様は下郎に指示し、これを殺害させた」

「とても人のすることとは思えぬ所業ですね」

 ジャスは額に手を当て、いつものように役者であるかのように首を振る。


「いずれの罪状にも覚えがございません」

 ヴィラは堂々とした態度で、彼らの言い分に反論する。


「しらを切るか……。確かに、俺も最初聞いた時は耳を疑った……。まさか、そこまでするものなのかと! だが、複数の証言者が居たのだ」

 レクスリーが視線を向けると、ヴィラを取り囲む人々の中にいる数名の令嬢が頷く。

(あいつら! "原作"では悪役令嬢の取り巻きだった連中っす!)


「な、なんで、こんなことに!?」

 リウスは状況が分からず、おろおろとしている。

「……」

 担当教諭のププトは、ただ無表情だ。

(ど、ど、ど、どうしたらいいすかね!? まさかこのままクロス氏が居ない状態でラスボス出現しちゃうんすか!?)


「ま、待ってください! ヴィライナ様は決してそんなことは──」

 アトラが壇上に駆け寄り、見上げながら大声で抗議の声を上げる。

 そこへふわりとジャスが降り立ち、アトラの腰に手を添え優しく告げる。

「大丈夫、わかっていますよ。全て我々にお任せください」

「え?」

 ジャスは自然な流れで、アトラを壇上へと促す。


 レクスリーは尚もヴィラを見下ろしつつ、言葉を発する。

「お前のような罪人と婚約していたことすら恥じ入るばかりだ! 当然、貴様との婚約は破棄する!!」

「……」

 皇太子たるレクスリーの宣言に、ヴィラはただ無言だった。それに応えたのはアトラだった。

「そんなっ!! こんなの一方的すぎます!」

 だが、アトラの叫びはレクスリーには届かない。

「ふっ、やはりアトラは優しいな。我が国の国母には、このアトラ嬢のような女性がふさわしい」

「えぇぇっ!?」

 "コイツ何を言っているんだ?"という表情で、抗議の声を上げるアトラ。

「おっと、皇太子殿下? 彼女の気持ちを大事にしないとですよ?」

「えぇぇぇぇ……」

 "お前がソレ言う?"という表情で唸るアトラ。

(自分も大概っすけど、アイツら完全に"事案"っすよ!)


「……」

 壇上での茶番に、ヴィラはただひたすらに無言であった。

「ちょっと待ってください!」

 衝撃から立ち直ったアトラは、改めてレクスリーに詰め寄る。

「心配するな、お前のことは俺が護る」

「"俺たち"、ですよ」

 レクスリーとジャスは完全に状況に酔っており、アトラの抗議は"罪人への優しさ"として理解している。

「そうじゃないです! 私の話を聞いて──」

 ジャスは軽く指を当て、アトラの発言を止める。

 "大丈夫です、わかっていますよ"と言いたげな笑みを浮かべるジャスに、アトラはあまりの怒りで逆に言葉が出なくなった。

 こいつらには一体何を言ってやれば止まるのか。口汚く罵る言葉だけが、アトラの脳裏に浮かぶ。できることなら、今すぐ明星でこの馬鹿二人の頭を叩き割りたい、摺り潰してやりたい。


「お前の沙汰は追って下されるであろう。最後の慈悲だ、自宅にて謹慎せよ」

 ヴィラはぐっと歯を食いしばり、しかし、ここでどれだけ反論しても無駄であろうと感じた。治安省の調べを受け、身の潔白を証明する他ない。

「……分かりました。失礼いたします」

 レクスリーが壇上から下す"処断"をヴィラは受け入れ、ホールを後にする。その手は血が滲むほどに握りしめられていた。


(ヴィライナ様が殺人の黒幕として断罪!? ってか、ラスボスが、来ない!? あ、ヴィライナ様が行ってしまうっす)

 どうするべきか、オロオロとその場でくるくる回るピラット。

「えぇい、落ち着け自分!」

 両頬を自分で叩き、気持ちを切り替える。

(まずはヴィライナ様を追うっす!!)


「ヴィライナ様!!」

 壇上から飛び降りんばかりな勢いで、ヴィラの名を叫ぶアトラ。

「アトラ嬢、危ないですよ」

 ジャスがアトラの手を取り、それを制する。

「どうしてですか!? 何が告発ですか! ヴィライナ様は──」

 レクスリーとジャスを攻めるアトラの言葉を背に、ピラットはヴィラを追ってダンスホールから飛び出した。

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