5章最終話、撃槌

「ふふっ」

 放課後、アトラは一人寮への道を歩きつつ、嬉しそうに小さな袋を手にしていた。今朝、ヴィラからもらったスイートハートのチョコである。

(どうしよう、やっぱり早く食べたほうがいいかな……? でも勿体ないし……)

 やっぱりしばらく飾っておこう、と考えつつ歩いているアトラの前から、ゴリゴリゴリという何かを引きずる音が響いてきた。


「?」

 アトラの前方。寮がある方向から一人の令嬢が歩いてくる。それだけならばよくあることだが、その令嬢の様子は尋常ではなかった。

 手には身の丈ほどもある巨大な戦槌を持ち、その戦槌を引きずり、ゴリゴリと石畳を削りながらアトラに近づいてくるのである。



「いましたわね……」

 戦槌の持ち主、ヴリハスパティ公爵令嬢であるティーテ・サブス・ヴリハスパティは、アトラへの敵意を隠さない。

「ティーテ様──」

「気安く呼ぶんじゃないわよ、この平民が!! もう我慢ならないわ! 身の程知らずの平民が殿下に近づき、色目を使うなど……、到底許せませんわ!」

 ヒステリックに叫ぶティーテは、重そうに見える戦槌を軽々と持ち上げ、八つ当たりのようにガツンガツンと石畳に叩きつける。


「あの方は"私ならいずれは"と言ってくださいましたが、もう待てませんわ。その辺の凡愚でダメというなら、わたくしが"コレ"で……」

 そう言うと、その戦槌を上段に振り上げる。と同時に槌が紫電を発し、ティーテの全身を覆った。

「叩き潰してやりますわぁぁぁぁぁ!!」




「閃力反応!?」

『近いよ!』

 強烈な閃力の発動を感じ、発生源方向を見るクロス。直後学園に轟音が響き渡り、空に雷撃が迸った。

「な、何事っすか!?」

 ピラットを置いて走り出すクロス。

「あ! 自分も行くっす~」

 その声を置き去りにし、クロスは今も雷撃が空へと走る場所へと向かった。




「あらぁ、ヴィライナ様じゃございませんか」

 戦槌が振り下ろされる瞬間、アトラを救ったのはヴィラだった。

 ティーテは戦槌を振り上げ、肩に担ぐ。

「そもそもあなたがいけないのですわ。しっかりと殿下を繋ぎとめていらっしゃれば、こんな売女がのさばることもありませんでしたのに! 公爵令嬢の貴女なら、わたくしも諦めが付いたのに……」

 アトラに向けた憎悪と同等の憎しみをヴィラにも向けるティーテ。それに応えるように、戦槌が新たな電撃を発する。

「それが"白鱗"を持ち出した理由か?」

「は、白鱗ですか?」

 ヴィラの言葉に、アトラが驚き戸惑う。

「あぁ、あれはヴリハスパティ公爵家が持つ白鱗、撃槌げきついだ」


「あぁ、もういいですわ。二人ともわたくしが潰して差し上げますわ。叩いて叩いて、潰して潰して、摺り潰しますわぁぁぁぁぁぁ!!」

 撃槌から膨大な電撃を放出しつつ、ティーテが接近してくる。

「下がれアトラ!」

 アトラを下がらせつつ、ヴィラは両手に閃気を纏い撃槌の打ち下ろしを受け止める。

 ギャァァァァァンという激突と雷撃の炸裂が混ざった衝撃音が響き渡る。

「ぐっ!」

 軽々と扱うティーテの様子からは想像もつかない重量がヴィラにのしかかる。さらにはその電撃が彼女の肌を焼く。

「や、やめるんだティーテ嬢」

「気安く呼ぶんじゃないわよ!!」

 ティーテは撃槌を振り回し、ヴィラを吹き飛ばす。


「ヴィライナ様!」

 吹き飛んだヴィラに、アトラが近寄り治癒閃術を行使する。

「ヴィライナ様も白鱗を……」

 治癒を施しつつ、アトラがヴィラに提案するが、

「すまない、私は月輪がちりんを呼べないんだ……」

 白鱗は絆を深めることで、呼べば応えるようになる。ヴィラは白鱗の継承そのものは早かったが、未だに絆が結べていなかった。これは彼女の"精神面"に起因する問題なのだが……、それはここでは割愛する。



「そうやっていい子ちゃんぶって、ほんっっっっっっとうに卑しい娘ですわ!!!」

 ティーテの全身が雷撃のようになり、次の瞬間にはヴィラの目の前に出現していた。

(電撃化!? これが撃槌の特殊能力か!)

 振り下ろされる撃槌を、ヴィラは咄嗟に両手でガードする。雷撃が、ヴィラとアトラを襲う。

「ぐぁぁっ!」

「きゃぁぁ!」

(このままでは!!)

 意を決したヴィラは、右手に宿した閃気を一気に開放した。

「あぁぁぁぁぁっ!!」

 閃光と衝撃を受け、ティーテが吹き飛ぶ。

「私に任せて離れていろ」

「は、はい……」

 先ほどまでと様子が異なり、殺気を漲らせるヴィラの表情に、アトラは怯えたように離れる。


「ティーテ嬢、少々の怪我は覚悟してもらうぞ」

 ヴィラは全身に巡らせる閃気を全開にし、黄色いオーラを纏う。

「はんっ、偉そうに! 白鱗相手に、やれるものならやって見なさいよぉ!!」

 電撃とともに消え去ったティーテが、瞬間的にヴィラの横に出現する。

「らぁぁぁぁ!!」

 打ち下ろされる撃槌、を紙一重で回避したヴィラは、その流れで右の掌底をティーテに打ち込んだ。

「がっ!」

 腹部から"く"の字に折れ曲がって吹き飛ぶティーテ。そのまま近くの建物の外壁に衝突し、めり込んだ。


「ぐっ……ごはっ」

 崩れた壁から這い出たティーテは、腹への衝撃故か嘔吐した。

「や、やってくれましたわね……」

 口回りを拭いつつ、ティーテは電撃を纏う。再び姿を消し、瞬時にヴィラの間近に出現する。


 ヴィラは再び撃槌の撃ち払いを回避しつつ、打撃を打ち込む。が、それは戦槌の柄で防御される。

 ティーテは雷撃の瞬きと共に瞬間移動し、ヴィラの背後に回り込む。次の瞬間、撃槌をヴィラに叩きこんでくる。

(だが、対応は可能だ)

 撃槌での瞬間移動は目で追うことすら不可能だ。しかし、移動後には攻撃までに一瞬の間がある。その隙は、ヴィラならば十分に間に合うだけの"間"であった。

(戦闘に不慣れ故か……)

 分析しつつ戦闘を続けるヴィラ。ティーテの攻撃は悉く回避され、ヴィラの細かい攻撃によりジリジリとティーテは追い詰められていく。


「くっ! チマチマうっとおしい! いい加減潰れなさいよ!!」

 撃槌をぶんぶんと振り回すティーテ。だが、そのような雑な攻撃ではヴィラには当たらない。

「こぉのぉぉぉぉぉ!」

 腹に据えかねたティーテは、大きく撃槌を振りかぶる。その大振りは、ヴィラの前にはただの無防備であった。

(ここだ! 悪いが腕を折らせてもらう!)

 戦いを封じるため、腕を折る決断を決めるヴィラ。大振りのティーテの懐に入り込み──


──ガクッ


 一歩踏み込んだ右足の膝が、力なくカクンと曲がる。まるで誰かに膝を後ろから押された時のように……

 一瞬、閃力の気配がしたが、当然今は何もない。

(何が──)

 その致命的な隙に、撃槌の大金槌が振り下ろされた。


「ぐあぁぁぁぁ!!」

 左肩へ撃槌の痛撃が炸裂し、ヴィラの全身にこれまでにないほどの電撃が駆け巡る。衝撃により左肩や鎖骨、肋骨がミシミシと軋みを上げ、電撃で全身が跳ね上がる。

 衝突で一度は沈み込んだヴィラの体は、跳ね返るように後ろへと吹き飛び倒れた。


「が、うが……」

 未だ残る電撃の余韻で、体が痙攣する。

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 アトラが悲鳴を上げ、倒れたヴィラに縋り付く。すぐに治癒閃術を行使するが、損傷の範囲と程度が酷く、すぐには回復できない。


「は、ははは、それ見たことか! は、白鱗相手に素手で戦おうなど……、はぁ、はぁ、はぁ、おこがましいのですわ!」

 息切れしつつ、ティーテはヴィラを見下ろす。


「さぁ、二人仲良く……」

 再び撃槌を振り上げるティーテ。

「摺り潰して差し上げますわ!!」

 そこへ飛来する3体の金属人形ことミニオン。ミニオンたちはティーテに相対するように立ちはだかる。

「な、なんですの!? このおもちゃは!?」

 ミニオンはティーテを威嚇するように構える。

「生意気なおもちゃ風情が!!」

 ティーテは激高しつつ撃槌を振り下ろす。3体は回避するも、電撃の余波で1体が痙攣状態となる。

「うっとおしいですわ!!」

 痙攣状態のミニオンが叩き潰される。だが、1体削られても、彼らはひるまない。その犠牲から彼らは学習し、大きく回避して撃槌の電撃を受けないように立ち回る。


「このこのこのこのこのこのこのぉぉぉぉ!!」

 もはや正気とも思えないほどの激高ぶりを見せつつ撃槌を振り回すティーテ。

「ヴィライナ様! アトラ嬢!!」

 2体目のミニオンが破砕されたタイミングで、横滑りするようにクロスが駆けつける。

「クロスさん! ヴィライナ様が!!」

 ティーテを警戒しつつ、クロスはインベントリからポーションを取り出し、ヴィラへと振りかける。

 痙攣を続けていたヴィラの体が落ち着き、目を開く。

(怪我が酷い、これだけではまだ動けそうにないな……)

「く、クロスか……」

 ヴィラは苦し気に呟く。


「次から次へと……、それもまた平民が!!」

 バリバリと雷撃を放出しつつ、ティーテの激情は最高潮へと達した。頭髪が紫電に染まり、広がるように逆立っている。

「平民風情が! わたくしの前に立ちはだかるとは身の程を知れ!」

 これまで以上の雷撃を纏い、クロスに向け撃槌を振り下ろすティーテ。


「く、クロス……」

 ヴィラは起き上がろうとして、左腕が動かせないために再び倒れる。

(相手は仮にも侯爵令嬢。クロスの立場では……)


「潰れろよぉぉおぉぉぉ!!」

 左腕義手のシールドを展開し、撃槌を受け止めるクロス。雷撃が青色のシールドと衝突し、激しく青い光をまき散らす。


「ヴィライナ様! この下郎めにご指示いただけますか?」

 撃槌の打ち下ろしを支えつつ、クロスは淡々とヴィラに言う。彼の言い様に"はっ"とするヴィラ。

「クロスに命ずる! ヴィライナの名のもと、その狼藉者を捕縛しろ。殺さずにな」

「御意」

 クロスは左腕をたたき上げ、シールド越しで撃槌を打ち上げる。


「平民がぁぁ! 抵抗しやがってぇぇぇ!!」

 激情のまま、大金槌を振り回すティーテに、クロスはシールドを最小限に絞った上で攻撃をいなす。

(あの電撃を纏った状態では電撃麻痺撃パラライザーは効果が無さそうだ)


「あぁぁぁ! うっとおしい! 潰れろ! こいつっ!」

 尚も撃槌を振り回し続けるティーテ。クロスはそれを地味に捌き続ける。


 かれこれ数分、撃槌の攻撃を回避し続けたクロスだが、彼にはまだ余力があった。対して、振り回し続けたティーテには限界が訪れつつあった。

「はっ、はっ、はっ、はっ、」

 息が上がり、短い呼吸を繰り返すティーテ。既に雷撃は消失し、徐々に振りが遅くなっている。その様子は"振り回される"といった状態だ。


「て、てめぇぇぇがぁぁぁぁ……」

 よろよろと撃槌を振り上げたティーテに、クロスは魔獣捕縛用の網を発射した。


「な、やめ!」

 網に絡まり、地面に転がるティーテ。それでもじたばたと抵抗を続けるが、もはや撃槌を持ちあがる体力も無いようだった。

 しばしもがいていたティータだったが、諦めたのか動きを止めた。


「わ、わたくしに、こんな、ことをして、タダで済むと、思わないことね……」

 網の中から息も絶え絶えながらも、強気に述べるティーテ。

「ああ、そうだな。タダで済ませるつもりはない。ヴリハスパティ侯爵には正式に抗議させてもらう」

 アトラに肩を借りて、ヴィラはゆっくりと歩み寄りながらティーテに宣告した。

 今更ながらに冷静になったのか、事態の深刻さに青ざめるティーテ。




『浅短で稚拙な者にも使い道はあるものだ。最良ではないが、良好な結果である』

 建物の影から一部始終を見ていた者が独り呟く。その手に持つ刀の柄に手をかけ、抜刀。




「わ、わたくしは、高貴なる者の務めとしてがぶっ」

 尚も持論を言いつのるティーテの言葉は、最後に水っぽい音と共に中断した。

「!?」

 ティーテの胸から透明な閃力の刃が突き出ている。直後、刃は消え、穿たれた穴からはゴプッという音とともに、鮮血が溢れ出る。

「ティーテ嬢!!」

 ヴィラは転がるようにティーテに歩み寄り、胸の傷を急いで圧迫する。が、傷は背中まで貫通しているらしく、ドクドクと流れ出る命は止まることが無い。

「あ、わた、く……」

 今際の言葉を残すことも無く、ティーテは驚くほどにアッサリと絶命した。

「ティーテ嬢……」

 まだ温かさの残るティーテの亡骸に、ヴィラは言葉を落とした。



「ヴィライナ嬢、アトラ嬢……」

 ティーテの前に茫然とする一同の後ろから、担当教諭のププトが声をかけた。

「ププト先生……、こ、これは……」

 アトラが慌てて説明しようとするのをププトは手で制する。

「細かいことはまた後ほど……」

 ププトはヴィラの正面に膝をつき、ティーテの遺体に視線を落とす。

「なぜこんなことを……」

 ププトはティーテの額にそっと手を当て、天を睨むように見開かれた目を閉じる。


「ヴィライナ嬢、お怪我をしているところ申し訳ありませんが、ティーテ嬢を医務室まで運んでいただけますか? 男性より女性に運ばれた方が、彼女も嫌がらないでしょう」

 ププトの言葉に、ヴィラは頷く。

「あ、私も手伝います」

「いや、大丈夫だ」

 かなりの重傷であるはずのヴィラだが、そんな顔は一切見せずティーテを抱き上げた。その姿は、贖罪する罪人を思わせた。




 ププトは今回の関係者から事情を聞き取りし、

「事情は把握しました、こちらで各方面への連絡はしておきます」

 とのププトの言葉により、夜半過ぎにそれぞれ寮へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る