4、白鱗の遺産(後編)~白鱗ラボ~
この建物の入口の扉らしきは、ヴィラが触れても叩いても全く反応はしなかった。彼女が"全力"で叩いたなら、抵抗空しく、口を開けることになっただろうが、そのような行為を行う前に、アトラにより扉は開かれた。扉はアトラが触れた途端に、電源が入ったかのように開いたのだ。
(自動ドアみたいだな……)
警戒しつつも、中へと足を進める一同。そこは、作業場のような、物置のような、場所だった。
「不思議な、場所ですね……」
アトラは室内を見回し、感想を述べる。彼女には見慣れないものが多いのだろう。そのような感想も頷ける。ただ、クロスとピラットは、まったく異なる感想を抱いていた。
(あれ、薄型テレビだよな……?)
(こっちにはガスコンロがあるっすよ?)
『こっちは電子レンジかなぁ……』
二人は小声で確認し合う。ここには、彼らが転生前に馴染み深かった様々な物が、多数存在していた。
驚愕しつつ室内を見て回る二人とは別に、アトラ達は部屋の中央にある作業台のような場所に集まっていた。台の上には、杖が一振り置かれている。
皆がアトラを見て頷く。アトラは意を決し、その杖に触れる。杖は彼女が触れたことで、仄かに光を放った。
「これは白鱗の紋。ということは、200年前の反乱で失われたという"
アトラが持ち、柔らかな光を放つ杖を見て、ヴィラが述べる。
「杖型の白鱗は"明星"のみだそうですし……」
補足するように、リウスが呟くと、その呟くを書き消すように、レクスリーが大声を出した。
「うむ! やはりアトラ嬢は白鱗の末裔であったか!!」
アトラの白鱗入手で盛り上がるメンバーとは別に、クロスは部屋の片隅であるものを発見した。
(これは……、フライングボード!?)
自身も以前作成し、その飛行高度や飛行速度にガッカリしたアイテムだ。
(間違いない、やはり白鱗は転生者で、ツールボックスを持っていた……)
ツールボックス製と考えれば、彼らの持つ武器"白鱗"の異常な性能も頷ける。
「クロス氏!」
ピラットは床にある何かを見つめつつ、クロスを呼んでいる。彼女の元へ行くと、足元には人間とほぼ同じサイズの人形が倒れていた。
「これって、ロボットみたいなものじゃないすか?」
(人型の機械? これもミニオンか?)
『腰椎部に破損があるね』
スミシーの指摘で改めて確認すると、動力部らしき場所が破損しているようだ。その形状には見覚えがある。
(俺のミニオンと似ている……)
クロスはインベントリからミニオンを取り出し、その動力部を取り外し、倒れている人型へ接続してみた。
(メモリにアクセスできれば、何かの情報が得られるかもしれない)
「ガガガ……、ピッ」
人間サイズのミニオンが起動し、電子音を鳴らしている。さすがにクロスたちの様子に気が付いたのか、アトラや他のメンバーたちが近寄ってくる。
「こ── ここは……」
「しゃ、しゃべった!?」
起動したミニオンを囲み、覗き込むように観察するメンバーたち。
「クロス……、これは何なのだ?」
ヴィラが伺うようにクロスに問う。
「俺が使うミニオンと似たようなモノなんだが……」
ミニオンは会話に反応したのか、周囲を囲むメンバーをゆっくりと見回す。そしてアトラに目を止めた。
「オォ、アティア様、ご無事でなにヨリ──」
「アティア?」
アトラが首をかしげる。
「アティア……、シュクラ公爵令嬢か……」
ヴィラが小さく呟いた言葉に、リウスが問いかける。
「200年前の"ラーフ侯爵の乱"で滅亡したシュクラ公爵ですか?」
「あぁ、恐らく、アトラ嬢をアティア嬢と思っているのだろう……」
「閣下に"明星"をお届けデキ……ませんデシタ、申し訳アリ……ません」
ミニオンは途切れ途切れながらも、アトラに向けて話を続ける。
「逆賊ドモ……の手に落ちるマエに、白鱗サマのラボに……、アナタ様におトドケできテ……ヨカッタ」
「逆賊……?」
「恐らく、ラーフ侯爵一派のことではないでしょうか? 歴史書では"乱"で最初に犠牲になったのはシュクラ公爵だったと言われています」
クロスの呟きに、リウスが補足を述べる。
ミニオンはだんだんと動きが鈍くなり、今にも停止しそうなりながらも、最後の言葉を紡ぐ。
「"コクウ"に、オキヲツケ……クダサイ。コレもヤツのタクラミ……」
その言葉を最後に、ミニオンは完全に停止した。
「"こくう"って……?」
アトラはヴィラに問いかける。アトラの視線に対し、ヴィラは苦々しい表情で応えた。
「"こくう"と名の付くものを、私は"
「白鱗……」
誰が呟いたのか、ごくりと息をのむ音がする。
「建国九聖は一振りずつ"白鱗"を所持している。"虚空"を所持しているのはシャニシシャラ公爵家だが……」
ヴィラはそう述べるとともに、既に物言わぬミニオンを見下ろし、逡巡する。
(200年前の"ラーフ侯爵の乱"では、シャニシシャラ公爵は"皇国側"だったはず。それに対して"虚空の企み"とは一体……)
ミニオンの残した言葉に、室内にはしばしの静寂が訪れていた。が、
「アトラ嬢の白鱗も入手できた。そろそろ引き上げようではないか」
重い空気を払拭すべく、あえて大きい声でレクスリーが告げた。
「そう、ですね。気になる点はあれど、今はこれ以上わかりそうもありませんしね」
ジャスもその意見に乗ると、全員が小さく頷く。
順番に白鱗のラボからメンバーが出ていく中、クロスは"その棚"の違和感に足を止めた。立ち並ぶ棚、その1つが僅かにズレ、後ろに空間があるのだ。
(最後にあそこだけ調べておこう)
「あれ? クロス氏? どうしたっす?」
ピラットが興味本位で覗く中、クロスはその棚を退かす。その後ろの空間には円筒形のガラスケースが1基あるのみであった。なのだが……
「……」
「な、なん、なんなんすか……、これ……」
ガラスケースの中にあるモノに、ピラットの顔色は蒼白になっている。
あまりに不気味なモノだった。宇宙服らしき物体で人間の形状に近い。が、両腕が異様に長く、その上多関節式だ。普通の人間には確実に必要のない形状だ。
(まさか宇宙人とか……?)
『これ……』
スミシーは小さく呟いたかと思えば、黙り込んでしまった。
(なんだよスミシー、何か知ってるなら言えよ)
『いや、"コレ"について何かの記録が残ってるみたいなんだけど、データの破損が激しくて、判別できないんだ』
(知っているってことか?)
『うーん、たぶん?』
「……!?」
クロスはその物体をしばし凝視し後に驚愕した。
少しの逡巡ののち、クロスは"コレ"をインベントリに格納し持ち帰ることにした。
ピラットからは、「マジ持って帰るんすか?」と3回聞かれたため、3回目には頭にゲンコツを落とした。
ガラスケースの扉を開け、インベントリに格納すべく"ソレ"に手を近づけつつ、もう一度凝視する。
クロスの"選別眼"には、そこに"ケイヴァーライト"という名称を表示していた。
帰りの道のりでも、多数の"竜"に襲われた一行だったが、それらを難なく返り討ちにし、竜の谷入口までたどり着いた。
そんな一行を遠巻きに観察する者たちがいた。
「あれが今回の仕事の標的か?」
ならず者20名が、アトラ達が戻るのを待ち構えていた。
「あぁ、だが、聞いてたより人数多くないか? アレを襲うのか?」
ならず者は戸惑いの声を上げる。
「なぁに、ちょっと多いからって、こっちは20人居るんだ。なんとかなるだろ」
数とは力である。もちろん、通常であれば、この理論は正しい。通常であれば……。
「はっはっはっはっはっはっはっ! 貴様ら弱い! 弱すぎるぞぉぉ!!」
レクスリーが嬉々として、ならず者たちを返り討ちにしている。一応殺さないように加減しているらしく、重傷ではあるが死んではいない。
「いやぁ、しかし、現物を目の当たりにすると"白鱗"はかなりのオーバースペックっすね」
珍しくヴィラの隣に居たピラットが、しみじみと述べる。
「おーばーすぺっく?」
「戦力過剰ってことっす」
ピラットの言葉に納得したのか、ヴィラは頷きながら説明を述べた。
「ああ、そうだな。建国九聖は9人で1軍に匹敵すると言われていたらしいが、それほど誇張でもなさそうだな」
ピラットはそれを聞き、ラボでミニオンが呟いた名前が思い浮かぶ。
「……、虚空ってどんな能力なんすか?」
「先ほどの話か……、私も詳しくはわからん。建国九聖の元戦友同士とはいえ、所持している"白鱗"の詳細までは共有されていないんだ」
ヴィラは腕を組みながら説明する。
(仲間であり、ライバルでもあるってことっすかね。権力闘争って面倒っすねぇ)
考え込むピラットに、ヴィラは視線を向けつつ更に言葉を続けた。
「噂で聞いた限りであれば、刀剣型で、"間合いの外を斬ることができる"という話だ」
「わ、割と詳しい感じの噂っすね」
"詳細がわからない"と言っていた"虚空"の、意外と詳細な情報に、ピラットは意表を突かれつつも、ヴィラに先を促す。
「攻撃可能な範囲や、予備動作の有無など、細かいところは一切不明だ」
「あ、そういうことっすか……」
("遠距離攻撃できる剣"って言う点だけ公開していれば、十分脅威としては感じられるということっすかねぇ)
一部のみ情報を開示することもまた"戦略"か、と納得しつつも、これ以上は推測も難しいことに、ピラットは嘆息した。
「はっはっはっはっはっはっはっ!」
「単純な人はいいすねぇ」
豪快に返り討ちを続けるレクスリーを見つつ、"自分も乙女ゲー展開を追いたいだけだったのになぁ"と内心で呟くピラットだった。
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