3、白鱗の遺産(中編)~無双~

 9人の大所帯は、谷最深部と思しき場所へたどり着いた。そこには、崖を掘りぬいて作られた明らかに人工物らしき建物があった。

「こんなにあっさりと、竜の谷最深部へたどり着いていいのかなぁ……」

 竜の谷の最深部に関する情報は、討伐公社でも"上級討伐者向け"でしか公開されていない。それはつまり、上級討伐者でなければ到達できない難易度ということだ。

 彼らはここに至るまで、あまたの"竜"に遭遇した。が、白鱗の乱れ撃ちにより鎧袖一触といった状態であった。

「白鱗えげつねぇな」

「何を独り言ぶつぶつ言ってるっすか、みんな行っちゃうっすよ」

 アトラとヴィラを中心とした面々は、建物に向けて歩いていく。



「ほぅ、最後まで楽しませてくれる!」

 レクスリーは前方を見て心底楽しそうな声を出す。彼らの視線の先、そこには巨大な人型が居た。その人型は、ツヤの無い黒い物体で形作られており、まるで巨大なロボットのようである。

(巨大ロボ……? いや、まさかミニオンか?)

 クロスは、500年前に存在した"白鱗"という人物と自分の、奇妙な共通点を今更ながらに感じていた。



 その人型を見て、ある者は獰猛な笑みを浮かべ、ある者は驚愕し怯え、またある者は変わらず泰然とし、9人がそれぞれに様々な反応を示した。


「やはり最後はオレの出番だろう?」

 レクスリーが進もうとするところへ

「殿下は大活躍でしたし、お疲れでしょう? ボクなら片手間で済みますから──」

 ジャスがそれをやんわりと制止しつつ自分が前に出ようとして、既に彼らよりも先に前へ進み出ている者の後ろ姿に気が付き、歩を止めた。



「順番だ、というなら、次は私だろう」

 ヴィラが両手にグローブのようなものを着けながら黒い人型へと接近していく。

「ヴィライナ様! 危険なことは……」

 ヴィラを止めようと、アトラが前に出かけたところで、ヴィラがそれを制する。

「大丈夫だ。アトラ嬢をこのような場所に連れ出すきっかけを作ってしまった手前、私も少しくらいは役に立たねばな」

 ヴィラは軽く笑みを浮かべ、今度は振り返ることなく進んでいく。


「ぬぅ、ヴィライナめ。一番楽しそうな相手を取りおって……」

 レクスリーは未だに納得しかねる様子だが、ヴィラを止めるつもりはないようだ。腕を組み、観戦する姿勢だ。




 ヴィラが近づくと、黒い巨大な人型がゴリゴリと音を立てながら起き上がる。

「お、大きい……」

 アトラとリウスは驚愕に目を見開いている。

 先ほどまで地面に伏していたこともあり、その全貌が分かり辛かった。しかし人型が起き上がり、さらに間近のヴィラとの対比により、その威容がより露わとなった。

 身の丈は10mを越えており、拳の大きさだけでヴィラの身長とほぼ同じである。


 その姿を見ても、ヴィラは歩を止めない。彼女の両手にあるグローブが薄い黄色のオーラを帯びる。

白鱗はくりん月輪がちりん……」

 ヴィラの言葉に応じるように、彼女の両の手のひらに黄色い光の戦輪が出現する。


 ヴィラはフリスビーでも投げるかのように、両手から2つの戦輪を投げる。2つは弧を描きながら黒い人型へと飛来し、


──カァァン


 軽い音を残し、弾かれて飛んで行った。


 黒い人型はヴィラの動きに一切頓着することなく、その巨大な右腕を振り上げた。

 ヴィラは全身に閃気を巡らせる。体が仄かに黄色のオーラを纏う。

 黒い人型が右拳を振り下ろし、ヴィラが黄色い光を残しながらそれを回避する。更にヴィラは戦輪を投擲するが、全てが人型を構成する黒い外殻には通用せず、軽い衝突音と共に弾かれる。


「ヴィライナ様!」

 アトラは心配のあまり、今にもヴィラの元へと駆けて行きそうである。

「アトラ? 心配することはないぞ? "アレ"の本領はこれからだ」

 そんなアトラを、泰然とした様子のレクスリーが窘めた。

「これから?」

 アトラの疑問に、レクスリーはただゆっくりと頷いた。


 黒い人型は、周囲を叩き壊しながら、その巨大な黒い拳を振り回している。しかし、ヴィラはそれを傷一つ負わずに回避し続けていた。その間にも光の戦輪は増え続け、黒い人型の周囲には、何十もの戦輪が飛び回っていた。


「あいつめ、もったいぶった闘いをしおって」

 レクスリーがうずうずした様子で述べる声に、アトラは聞き返す。

「もったいぶっているのですか?」

「うむ、その気になれば、あの程度の"展開"など、一瞬だろう」

 レクスリーが説明する前に、最後の瞬間が訪れた。その攻撃が黒い人型にとって最後の一撃になるとは思いもしなかったであろう、右こぶしを振り下ろし、地面に叩きつけた。


 それを悠々と回避したヴィラは、自身の背後に2つの戦輪を配置し、そこに両足を掛けた。


「くるぞ!」


 戦輪が弾けヴィラが消える。いや、砲弾のように恐ろしい速度でヴィラの体が撃ち出されたのだ。

 ヴィラは右拳に閃気を宿し強化する。彼女は恐ろしい速度で突貫しつつ、これから、その右拳を黒い人型へと打ち込むのだ。だがその前に、ヴィラは自身の拳が通過する軌道上、そこへ数枚の戦輪を割り込ませた。

 ヴィラは戦輪を拳で打ち抜いていく。1枚打ち抜き速度が増し、2枚打ち抜き閃気が増し、3枚打ち抜きそれらが更に強化された。

 威力が数倍に膨れ上がった猛撃が、ドォォォォォォンという激しい衝突音を響かせ、黒い人型のボディに炸裂した。


「ギギギギギ」

 黒い人型は悲鳴のような音を立てる。その腹部には、ヴィラの右腕が肘ほどまで入り込み、ボディには多数の大きな亀裂が走っている。

 ギチギチと体をうねらせ、自身の腹に拳を打ち込んだ人間を叩き潰そうとして、既にその人間がそこに居ないことに気が付く人型。

 ヴィラは黒い人型周囲に滞空する戦輪を蹴り、周囲を高速で飛び回っていた。その様子は、さながら黄色の閃光であった。

 そこからは一方的な解体劇であった。黄の閃光が走るたび、ドォォォン、ドォォンという破砕音が響き、黒い人型の四肢がもげ、頭が粉砕され、ボディが削られる。

 ヴィラが着地した時には黒い人型は数cm刻みでバラバラに解体されていた。


「……」

 ただ呆然と口を開けているアトラ。

「だから言ったであろう? 業腹だが、"アレ"は"戦闘能力"で言えば、ここに居る誰よりも強い。業腹だがな……」

 レクスリーは苦々しくも、落ち着いた様子で述べた。


「悪役令嬢無双っす……」

「"原作"でも、強いの?」

 クロスの言葉に、ピラットが息を吸い込み、

「まっっっっっっっっっっっ……」

 たっぷり数秒溜めたのち、

「ったく! そんなことないっす!」

「いや、そこまで引っ張らないでもいいけど……」



「アトラ嬢、ここが入口ではないか?」

 黒い人型の残骸奥で何かを見つけたらしく、ヴィラがアトラを呼ぶ。彼女がその声に応じて駆けていく後を、クロスとピラットも追った。

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